記事詳細

【ぼくらの90年代音楽論 30年前の「音楽」の「普通」】大谷能生×宮里潤(1) 僕にとって90年代はまるまるモラトリアムというか… (2/3ページ)

大谷:その頃はどちらにいらっしゃいました?

宮里:中学校から宮崎県なんですけど、小学校の頃は父親の仕事の都合で広島にいて、はじめてカセットを買ったのは広島の街中のお店でした。

大谷:レンタルレコード屋さんは使っていました?

宮里:レンタル店は、あることはあったんですが、大きい街まで行かないとダメで、中学の自分の生活圏外だった。それよりもラジオでエアチェックとかしてました。

大谷:前回の、速水君と一緒ですね。

宮里:一番覚えているのは、当時、月曜日から金曜日まで帯だったと思うんだけど、夜の22:45から23:00までいとうせいこうが『Brand New Wave』っていう番組をやっていて、毎回カルチャー情報と一緒に、多分、藤原ヒロシだったと思うんだけど、彼が選曲した曲をかけていて……っていう番組があったんです。それが楽しみだった。

大谷:ということは、音楽を好きになったはじめから「洋楽」を聴いていた感じですか。

宮里:そうですね。最初に自分で買ったカセットはDURAN DURANで、あ、DURAN DURANじゃないや、えーと、そこから出てきたバンドで……。

大谷:パワー・ステーション?

宮里:そうそう(笑)。なんで買ったのかな。多分、その時に読んでいた雑誌に載っていたのかな、『ミュージック・ライフ』の、確か表紙がヒューイ・ルイスだったんだけど、その号でジーザス&メリーチェインとかも紹介されてたことを覚えている。あとは、プリンスかなあ。

大谷:いきなりプリンスですか。

宮里:プリンスが大好きになっちゃった。最初はいろいろと聴いてみようと思って、CDで買った最初はレッド・ツェッぺリンだったんですが。

大谷:それは勉強的な感じで?

宮里:「ロックのあの名盤がついにCD化!」みたいな。

大谷:IIですかIVですか。

宮里:IV(笑)。予備知識ないまま聴いて、「あーこういうもんなのかなあ」みたいな。で、その時の雑誌の、同じ号にプリンスの『パレード』のレヴューが出ていて、86年とか。それも聴いて、プリンスの方が好きになっちゃったという。このあたりの記憶は割と鮮明で、その後ぐらいから『ミュージック・マガジン』を読み始めるんですね。プリンスで言うと『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のあたりから。

大谷:わりと本気の洋楽リスナーですね。

宮里:その頃は、田舎でも意外と、周りにも普通に趣味が「音楽」っていえば「洋楽」だ、って言う環境があったような気がします。触れる機会はけっこうあって、そんなにマニアックじゃない同級生でもいろいろ聴いてたし。ガンズ・アンド・ローゼズとか。

大谷:いま思えば、なんでそんな感じだったのかなあ。マイケル(・ジャクソン)とか大きかったと思うけど。

宮里:さすがにプリンス大好きっていう同級生はいませんでしたが(笑)。『サイン・オブ・ザ・タイムス』のレヴューが「10点10点10点…」で、記憶に残っている。ミュージック・マガジンの点数ってけっこう覚えちゃいますよね(笑)。それと同時に、同じ雑誌に竹中労とか平岡正明とかも書いていたりして、中学生だから何書いているのかよく分からないんですけど。