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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】「禁区」のプロモ中、思わぬところでブチ当たった壁 各局アナやDJが「どう発音するの?」 (1/3ページ)

 中森明菜の6枚目のシングル『禁区』は1983年9月7日に発売された。

 これによって、デビュー前から明菜の楽曲のコンセプトだった『スローモーション』『セカンド・ラブ』『トワイライト~夕暮れ便り~』の“バラード3部作”、そして『少女A』『1/2の神話』、そして『禁区』の“ツッパリ3部作”が完成した。

 当時、ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)の邦楽宣伝課で明菜のプロモーターを担当した田中良明(現在は「沢里裕二」として作家活動)は「心のどこかで達成感のようなものを感じました」と振り返る。

 「私が担当プロモーターとして入ったのは『1/2の神話』からでしたが、明菜は楽曲も含め戦略が徹底していました。とにかく彼女はインパクトが大きかった。それに周りからは、いつの間にか“ポスト(山口)百恵”といわれるようになりましたが、明菜はまだ新人ながら、不思議と周りを意識していなかったように思います。もちろんわれわれは常に周りを意識していたのですが…。ところが彼女は『自分は自分』というスタンスを明確に持っていました。しかも、すでにアーティストとしてもボーカリストとしても、どこか異彩を放っていましたから。彼女自身は『少女A』や『1/2の神話』は好きな作品ではなく、売野(雅勇=作詞家)ともあまり会うことがなかったとは聞いていましたが、結果的に、この2つの楽曲パターンを繰り返すことが、彼女のアーティスト性にフィットしたのだと思います」

 そんな田中が「禁区」で今でも思い出に残っているのが、ラジオ各局のプロモーションだった。

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