episode 61 December 1981 [idea]
作・桜井鉄太郎
若林聡太はまたしても途方もないアイデアを一同にぶつけてきた。
「実は、あの大木俊作の映画音楽をやるにあたって、いままでの映画手法をすべて引っくり返すような大胆な製作方法をとろうと思ってるんだ。どういうことかっていうと、撮影が開始される前に、すべての劇中音楽を俺が作ってしまい、それにインスパイアされて監督が映像を組み立てていく。つまり脚本ができあがった段階で映像よりも先に音楽が作り上げられていくっていう前代未聞の方法で、この映画作りに参加していこうと思ってるんだ。どうだい?」
幾田トキオは驚嘆した。自分が<音楽をする>ということに一元的にこだわり、悩み、葛藤している間に、聡太はもっとハイレベルな次元で己を貫こうとしている。音楽が音楽として成立するだけでなく、映像とリンクすることによって、もっと芸術的な高みを目指そうとしていたのだ。
トキオは心を決めて吐き出すように言った。
「聡太、いまから僕を大木俊作のところに連れてってくれないか?」
このトキオの大胆過ぎる提案に臆することもなく、聡太は即座に答えた。
「いいよ、もともと9時にアポイントを取ってあったんだ。監督の家に一緒に行こうぜ!」
◇
渋谷の東急デパートの本店前を過ぎ、松濤の高級住宅街へと一歩足を踏み入れると、いままでのにぎやかな喧噪が嘘のように、同じ渋谷区とは思えないほど落ち着きをたたえた街並に変貌する。
先ほどまで一緒にいた大間冴子と長澤信郎は、パイドパイパー・ハウスに戻るというので、聡太とトキオはタクシーを拾って、ここ松濤に2人でやってきた。
大木俊作の家は、立派な生け垣をぐるりとめぐらした大きな和風建築で、なんでも戦前からの由緒あるお屋敷だそうだ。門から玄関に向かってかなり長い砂利道が続いていた。その道の右手にはよく手入れされた大きな静かな庭が広がっている。
小さな骨董品のような古いランプに照らされた玄関までたどり着くと、まるで小旅行をやっと終えた旅人のように聡太とトキオは深く息をつき、ベルを鳴らした。しばらく何の気配も感じられない。少しの間、聞き耳をたてるように家の中の気配を探っていると、突然、着物姿の大木俊作が玄関の大きな扉をすごい勢いで開けて出てきた。<続く>
[登場人物]
幾田トキオ(28歳):The Rebel を背負って立つ音楽プロデューサー
若林聡太(30歳):世界的なアレンジャー、ミュージシャン
長澤信郎(31歳):パイドパイパー・ハウスの店主、POPSの生き字引
大間冴子(28歳):シンガーソングライター
大木俊作(49歳):日本有数の映画監督
◇
1980年代初め、アートや文学、映像、そして音楽にポップなものが革命的に登場した。1981年に始まる日本のポップ/ロックシーンからクラブムーブメントまでの時代を実際に生きた青年、幾田トキオを主人公に描くのが、このドキュメントフィクション「ユメの行方」である。
物語の舞台はレコード業界と芸能界、それらを結ぶ西麻布の街。トキオに絡むのは、西麻布の街を変幻自在に闊歩したミュージシャンや業界関係者たち。いずれも個性的な面々だ。
執筆者は、来年、結成20周年を迎える音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」を始め、アイドルからクラブミュージック、アンダーグラウンドまでノンジャンルで手がけるミュージシャン・音楽プロデューサー。