松鶴家千とせ「わかんねえだろうな」で一世風靡

2010.06.22


「わかんねえだろうな」で脚光を浴びた松鶴家千とせ【拡大】

 芸能生活58年目。「…わかるかな〜、わかんねえだろうな」などと、オヤジギャグ満載の替え歌『わかんねェだろうナ(夕やけこやけ)』が、160万枚超のビッグヒットとなったのは1975年のことだ。

 DJオズマも顔負けのアフロヘアとサングラスは72歳の今も変わらず、漫談、司会にと活躍中。おまけに昨年12月には、12枚目となるシングル曲「サムライ…(はるかなる男達)」を発売し意気軒高。さらには9日に、後進育成を目的に「松鶴家千とせ劇団」を旗揚げしたばかりだ。

 「夏に公開予定の『しあわせになれない悲しい花』 (主演・大沢樹生)に出演した際、制作したミュージックシネマズジャパンの担当者と意気投合し、バラエティータレント、芸人、舞台役者の原石を発掘して磨く場を作ろうって話になりました。同社は映画をメーンに活動ステージを提供し、私が現場の担当。今は稽古場をJR中央線沿線に探しているところです」

 元々はジャズ歌手志望。家出して上京し、新橋の歌謡教室で出会ったのが、師匠となった松鶴家千代若のお嬢さん。その日から住み込みのカバン持ちとなり、漫談家の道を歩んだ。

 「でも私は、あくまでジャズにこだわりたかったし、67年に千とせを襲名したあたりから、アメリカンな漫談で差別化を図ったのが、アフロヘアとサングラス姿でした」

 全国区人気となるまでの下積みは22年。万が一に備えて理容師免許も取得した苦労人。76年に漫談部門で放送演芸大賞を受賞してからも、息長く活動を続けていられるのは、ファンを大事にする姿勢が変わらないから。

 老人福祉施設や刑務所の慰問を行うボランティア団体「全国さつまいもの会」を主宰して29年がたつ。今年も、自宅のある東京・足立区で漫談・歌謡チャリティーショーを開催した。

 糖尿病が原因で眼底出血し、自宅療養していたこともあった。以来、健康には人一倍気を使い、今は元気そのもの。

 「今はW杯が気になって寝不足続き。困ったもんです(笑)」

 HPは本人の自作。ITにも強い漫談家の1人である。

 ■しょかくや・ちとせ 1938年1月9日、福島県原町市(現南相馬市)出身。53年の上京後、松鶴家千代若・千代菊に入門して漫談の世界へ。67年、松鶴家千とせを襲名。アフロヘアーとサングラスをトレードマークに、「わかるかなぁ〜、わかんねえだろうなぁ〜」のギャグとピースサインで大ブレーク。ボランティア団体「全国さつまいもの会」主宰。南相馬市ふるさと親善大使。

 

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