本業は、放射線生物学が専門の研究者。文学とはまったく縁がなさそうなのに、小説『鳩とクラウジウス原理』(角川書店刊)で野性時代フロンティア文学賞に輝いた。
「素直にうれしいと思うと同時に、こんな作品が選ばれていいのかとビックリしています」
まったく恋愛に縁のない理系出身の男が、ひょんなことからハトがラブレターを運ぶ特殊法人「鳩航空事業団」で働くことになる。特殊法人が大阪・ミナミの吉本興業本社の屋上に事務所を構えていたり、大阪に唯一残っている路面電車、阪堺電軌の線路脇のアパートに主人公が住んでいたりと、いかにも大阪くさい小ネタが随所にちりばめられている。
かと思えば、タイトルにある「クラウジウスの原理」とは、エネルギーは必ず高い方から低い方へ流れていく原理のことで、理系の研究者らしい一面ものぞかせる。
「地元の大阪らしいおちゃらけがあって、科学もあって、なおかつ面白い。すべてをごちゃまぜにしたら、こんな小説になっちゃいました」
小説を書き始めたのは大学生のとき。現在は「研究で行きづまったときの、うさ晴らしに書いています」と笑う。
「(専業)作家になるつもりはない」ときっぱり語るが、すでに次回作への構想を練り始めている。「周りに変わった連中がたくさんいて、ネタは尽きませんから」
造船を専攻していた大学生が自作の船を大学の池に浮かべて魚釣りをしたり、獣医学を専攻していた女子大生が自然死したペットのハムスターを解剖したりと、日常ではあり得ないおかしな光景が研究者の世界では日常茶飯事だという。
「こんな、愛してやまない人たちを温かく書きたい。何が起こっても不思議じゃない懐の深さがある大阪。そのヘンテコな世界を書いていきます」。大阪府豊中市在住。(格清政典)