【元気のヒミツ】パワー源は子供の笑顔「夜回り先生」水谷修氏

2009.09.17


「夜回り先生」こと水谷修さん【拡大】

 「夜回り先生」こと元高校教師で教育評論家の水谷修さん(53)。夜の街に出て、非行少年たちと向き合う独自の活動は18年に及び、本やドラマでも広く知られている。自らは「がんと共生中」。それでも「雨と雪の日以外は街に向かう」“夜回りパワー”の原点は何か−。

【薬物汚染】

 若者たちの間の薬物汚染の実情もつぶさに見てきた水谷さん。今大騒ぎの芸能界薬物問題についても冷ややかだ。

 「日本の10代、20代の2.6%が薬物を使用してると専門家は見ています。だから芸能界でも2.6%はいるし、大学生、高校生、角界も一緒。職業が職業だったから、目立ってしまっただけ。10代、20代で薬物のことを見聞きしている子が5割いるというのが現状です」

【進学校から定時制の教師へ志願】

 もとは高等学校で社会科の教師をしていた水谷さんが、“夜回り先生”となったのは今から18年前。

 定時制高校の教員をしていた友人が生徒のことを「腐った」と表現したことがきっかけだった。

 「腐らせたのは誰だ? 赤ちゃんはみんな“オギャー”と親を信じて生まれてくるだろう」と言う水谷氏に友人は、「やっていないお前に何が分かる」と一蹴。あまりの悔しさに、水谷氏は全日制の進学校から、夜間高校へ異動願を提出、受理された。

 「初めて定時制の教壇に立ったとき、教室で生徒は花札にけんか、化粧…。前を向いている子はおびえてる。そんな状態だった」

 午後3時に出勤。授業は午後5−9時、部活を終えて夜回りへ行くのが、11時ころ。遅いときは翌朝4時まで子どもたちに声を掛ける。帰宅をすると1日、500−1000通届くメールに目を通し、1通、1通返事をしたためる。

 「雨と雪の日は、自宅にいられましたよ」と白い歯を見せるが、寝る間も惜しみ、子どもたちと接した。

【がん宣告と共生】

 「12年前の10月、右の胸腺リンパ腫が分かりました。大きさは4、5センチ。放射線治療も抗がん剤治療も断りました。共生するのもいいかな、と」

 病名を聞いても、悲しみはわかなかった。時間が限られたことをハッキリ知った。

 「寝ころんで死ぬのは嫌、人のために死にたい」という気持ちだけが残ったという。今でも、「胸焼けのきつい感じの痛みが出ることがある」と言う。

 2004年に教職を辞し、現在は年間300以上の講演会をこなし、執筆活動に勤しむ。

 「子どもの笑顔が何よりなんです。子どもにいい格好をして、背伸びをしていたい。怖いことは、子どもから嘘つきといわれること。子どもに相談されても、救っているわけではないんです。元教師ですから、『人が食べたからといって、自分のお腹がいっぱいになるわけじゃない』とチョッとアイデアを出して、気付かせているだけ」

 夜の灯りより、太陽の降り注ぐ昼の世界を子どもたちに知ってもらうために、水谷氏はきょうも夜回りへ向かう。

■みずたに・おさむ 1956年5月8日、神奈川県横浜市生まれ。上智大学文学部哲学科卒業、横浜市で高等学校の教壇に立ち、12年間を定時制高校の教鞭を執る。生徒指導を担当し、中・高校生の非行・薬物汚染・心の問題に関わる。現場での経験をもとに「ドラッグ世代−第五次薬物汚染期の若者たち」、「さらば、哀しみのドラッグ」など著書多数。「さよならが、言えなくて」(テレビ朝日系、18日午後8時)が、テレビドラマ化される。

水谷修
 

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