17日、軽井沢のホテルで首をつって自殺した音楽プロデューサーの加藤和彦さん=享年62=は、知人にうつ病であることを告白、創作上の悩みも抱えていた。最後のインタビューとなった夕刊フジ「ぴいぷる」の取材でも、にこやかな笑顔の一方で、自身が抱えている葛藤の片鱗をかいま見せていた。
長野県警軽井沢署によると、加藤さんは16日に1人でホテルを訪れ、1泊の予定でチェックインしていた。室内から自殺をほのめかす内容の手紙2通が見つかった。あて名はなく、「音楽でやるべきことがなくなった」と書かれていたという。
知人女性とともに加藤さんの身元を確認した仕事仲間の男性によると、加藤さんは数日前、残された遺書以外に10人近くの親しい知人あてに貴重なギターコレクションを贈っていた。それとともに遺書のような手紙も郵送。それぞれ内容が違うもので、うち1通には「葬式はいらない」と記されていたという。
「軽井沢には、90年代にスーパー歌舞伎の音楽を手がけた時に訪れて以来、たびたび来ていたようだ。どうして最期の場所にここを選んだのかは分からない」(男性)
加藤さんと男性は20年来の知り合い。男性は「2年ほど前、雑談中にうつ病であることを告白された。『でも、いい先生が見つかったんだ』と話していたので、深刻には受け止めていなかった。ただ、音楽には妥協を許さない人で、創作上の悩みも抱えていたようだ」と肩を落とした。
「葬式はいらない」としていた加藤さんだが、元「ザ・フォーク・クルセダーズ」のメンバーで、精神科医の北山修氏(63)や平沼義男(62)、はしだのりひこ(64)ら親しい友人と親族だけの密葬が19日、都内の斎場で営まれる。来月には「お別れの会」も開かれる予定だ。
加藤さんは長く、うつを患い、1カ月ほど前から症状が悪化していたという。加藤さんは一体何に思い悩んでいたのか。先月28日に夕刊フジが行ったインタビューでは、時折笑顔も交えながら飄々と答え、その表情に深刻な悩みを抱える様子は見られなかった。しかし、天才ゆえの葛藤がかいま見える場面もあった。
作曲について、「89点から92、93点ぐらいの曲はすぐできる。でも、120点じゃないとまずい」と説明。自らを追い込む性格であることがうかがえた。
90年代以降はもっぱらプロデュース業に専念していたが、その理由について聞くと、「一番つらいのが自分のプロデュース。自分のソロっていうのは十何年、いや20年以上作っていない。できれば(誰かに)お願いしたいなあと思っている。ただ、そういう人は現れてこないですけれど」と、ぽつり。
そのうえで、あるべきプロデューサー像について、「精神科のドクターみたいなもの。ポール・マッカートニーのような超大物でも、最近はみんなプロデューサーを付けているんです。ミュージシャンでもエンジニアでも、(創作の際には)精神的サポートが必要なんですよ」と話していた。そこに、天才ゆえの孤独がうかがえた。
ある音楽関係者は「弱い部分をけっして見せない人だった」と語っているが、ひょっとするとプロデューサーの話は、加藤さんが最後に見せた“弱音”だったのかもしれない。
