落語家・五代目柳亭痴楽 睡眠障害とも闘い

2009.10.20

 まさに、これからという時だった。4年前、脳幹出血で倒れ、落語家の命、言葉を失った。

 威勢のいいタンカが魅力で、「大工調べ」や「たがや」といった古典落語で丹念に彫刻する世界観は、名人芸への昇華を予感させた。

 倒れる数日前のこと。「落語家になりたいんだ」と次男が父・痴楽に切り出した。

 「楽屋での父親の姿を見たことがないんですが、いろんな師匠が父の話を聞かせくれた。やはりおもしろいんですね。家族には見せていない顔を初めて知りました」

 そう振り返る次男の柳亭ち太郎は現在、前座。11月、二つ目にあがる。

 「父は病床で昼間、落語を聴くことがありました。夜になると不自由な口で何かずっとしゃべっている。ふすま越しに聞いていると、落語を必死でしゃべろうとしている…。涙が止まりませんでした」

 家族と同様か、あるいはそれ以上に「一番長く、時間をともにした」と語るのは落語芸術協会副会長の三遊亭小遊三。

 「倒れたときはすごいショックでした。支柱だった。芸は自分でやっていかなきゃいけないけど、参謀を失った。協会をどうしていこうとか、特によくアドバイスしてくれた。これ読みなよと、本を貸してくれたりしたんですが、それが上杉鷹山。倹約を旨として藩の財政を立て直した人ですけど、痴楽さんが倹約をすすめるのか、と妙におかしかった」

 前座のころから豪放で、よく仲間内におごった。「自分の金がなくなっても人におごっている。前座のころからそうですから、あとは推して知るべし。自分が稼ぐようになれば、どんどんどんどん規模が大きくなった」(小遊三)

 病床での努力のかいもなく、9月7日、57歳で腎不全のため死去。幅広い交遊を物語るように、9月13日に都内で営まれた葬儀・告別式にはプロ野球界や角界からも多くの弔問客が駆けつけ、供花があふれた。

 その生涯は闘病の歴史でもあった。若いころから糖尿病を患い、ナルコレプシー(睡眠障害)とも闘った。再び小遊三。

 「マージャンやゴルフ中も寝ちゃう。ゴルフなんて、半分寝ながら、抱えられながら回る。それで30台。仲間内は(病気のことを)知っているけど、初めての人は何だこれは!って驚く。でも、高座じゃ寝なかったね。興奮すると眠くなる病気みたいだけど、高座では興奮してなかったんだね」(演芸コラムニスト 渡邉寧久)

 

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