最後まで創作意欲…大作詞家・吉岡治さん「天城越え」秘話

2010.05.18


吉岡さん(左)は、「天城越え」の後も石川さゆりの世界を作り続けた=2005年11月【拡大】

 「天城越え」「さざんかの宿」などを手掛けた作詞家、吉岡治(よしおか・おさむ)さんが17日午後3時半、都内の病院で死去した。76歳だった。関係者によると、11日から急性甲状腺炎のため入院していたが、最後まで創作意欲を燃やし続けていた。

 歌謡界を代表するヒットメーカーのひとりだった吉岡さんを慕う歌手は多いが、とくに“愛弟子”だった歌手、石川さゆり(52)のショックは大きい。「あまりに深く、大きな悲しみに今は、何かをお話できる状態ではございません」と憔悴しきっている。

 石川の代表曲となった「天城越え」は、もともと、「カラオケで歌えないような凄い歌を作ろう」とプロデューサー、吉岡さん、作曲家の弦哲也さんがタッグを組み、歌の舞台となった伊豆の山荘で合宿。「さゆりの“女の情念”を引き出そう」と練り上げた歌だった。

 吉岡さんが先に《山が燃える…》と詩を書き、その間散歩していた弦さんがメロディーを作る。「もう1行ほしい」という注文に、吉岡さんが言葉を足す…という形で紡いでいった。

 当初は、ヒットを意識しなかったが、レコードを買わない層に圧倒的に支持された。

 音楽ジャーナリストの湯浅明氏はこう語る。

 「吉岡さんは常々、自分は『不器用だ』と話していた。歌手とじっくり食事をしたり、時代背景を探ったりして、姿・形、音色を視野に入れながらドラマ造りをする。歌詞の数こそ多くないが、その人にとっての代表作を作り続けていく。幼いころ母親を亡くされているので、『女性の詩が苦手』と言いながら、深い歌をたくさん残された」

 吉岡さんは、とくに石川を「芸能を伝える血脈が宿っている語り部だ」と絶賛。だからこそ、「天城越え」では《誰かに盗られる くらいなら あなたを殺していいですか》といった斬新な詞を授けた。

 2、3年前に誤嚥(ごえん)性肺炎を患ったことでやせ始め、体力も落ちて体調を崩すことが多かった。今月11日から急性甲状腺炎のため検査入院したが、17日午後に容体が悪化。家族が駆けつける前に息を引き取り、誰も看取ることができなかった。死因は不明。

 最後まで仕事への意欲は衰えず、石川へ贈る新曲の構想も温めていたという。

 

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