【元気のヒミツ】「体に良くない」マラソンで心の健康管理 漫画家・喜国雅彦さん

2010.09.09


漫画家・喜国雅彦【拡大】

 中学は文化系、高校は帰宅部。大学では漫研に所属し、出始めた腹を妻に指摘され、近所のスポーツクラブに入会するも続かなかったギャグ漫画家・喜国雅彦(51)が、毎月200キロ以上を走り、マラソン関連本まで出版した。若々しい表情は、その心の在り方にヒントが隠されている?

 「走ることは好きじゃないんです。だって、走るとおなかがすくから食べちゃってダイエットにはならないし、ひざを痛めたりしてちっとも体によくない」と身もふたもない。

 そんな喜国が走り始めたのは2006年。ホノルルマラソンなど、国内外の有名大会に出場してきた。東京マラソンは4回連続で落選しているといい、出場権獲得が目標だ。

 “体によくない”のに走り続ける理由はなんなのか。

 「体というよりは、心の健康維持ですね。机に向かう仕事だから、いつも頭を使ってばかりいるでしょう。走っていると考えないで済むからね」

 そういって喜国が取り出したのは大きな白地図。これまで走った都内の道が広範囲に塗りつぶされている。

 「いろんな道を知れるし、音楽が聴けたり、古本屋を回ったりできるからね。これが楽しくて仕方ない」

 51歳とは思えない若々しい表情にマラソン効果を垣間見たが、喜国の心の健康は、ものの考え方にも関係がありそうだ。

 夢だったという漫画家になるため、出版社の門をたたいたのは美大卒業間近のころ。出版社の反応は悪く、持ち込み期間は5年にも及ぶという。

 「普通、5年通ってはしにも棒にもかからないとあきらめるものなんだけど、平和だったのか“おれは大丈夫”だと思っていた」

 当時の収入は漫画家のアシスタント代で月8万円。アパート代2万円を引いた6万円が生活費だ。東京・池袋に住んでいた喜国は、西武デパート内を散策するのが日課だったという。

 「ペットコーナーに行って熱帯魚を見た後に盆栽を見て、本屋で立ち読みしたり、レコード屋に行ったりしていると1日が終わる。お金を使わないでいい」

 この頃、大学時代の友人がポツポツと連載を持ち始めたが、ジェラシーを感じるどころか「チャンスは平等。続けていたらそのうち順番は回ってくると思った」。

 予想通り、チャンスの到来で有名誌に連載をスタート。単行本化の夢も実現できた。

 「人生には波があり、売れてもいつかは落ち込むことがある。だから焦らずに日常の平和を維持するのが一番」という喜国。どんなに良い仕事であっても、無理が生じそうだと平気で断る心臓の持ち主だ。

 「1冊目の本が出たあとは、おまけの人生だと思っている。どうせおまけなら、楽しくやりたい。それも健康あってのことだから、ランニングは続けたいと思っています」

ペン・カメラ 片岡友理

■きくに・まさひこ 1958年10月17日、高松市生まれ。87年、小学館ヤングサンデー誌で『傷だらけの天使たち』を初連載。89年にみうらじゅん氏と組んだバンド「大島渚」で『三宅裕司のいかすバンド天国』(TBSテレビ系)に出場。2006年にランニングをスタート。ランニングの模様をつづったブログ『犬ふんランニング日記』(http://inufun.sblo.jp/)を日々更新中。著書に『東京マラソンを走りたい』(小学館101新書)、『色即ぜねれいしょん 第1巻』(原作みうらじゅん・ヤングチャンピオンコミックス)などがある。

 

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