成功より名声より人とのつながり 歌手チェウニさん

2010.09.30


チェウニさん【拡大】

 韓国人演歌歌手のチェウニ(46)が今春、日本永住権を獲得した。日本デビュー後、子宮疾患で子宮を全摘出。その後、腸閉塞にもなった。病気と2度も闘いながら母国に戻らず「日本に骨をうずめる」覚悟で頑張り続ける理由とは。

 【最初の異変】

 「健康って、本当に大事なもの、って気づきました。それ以外は健康の後の話」

 最初の“異変”はデビュー2年後。ひどい生理痛で子宮疾患に気づいた。

 通常2錠の痛み止めを18錠飲んでも、痛みは治まらない。座薬も2、3カ月で効果がなくなった。注射で生理を止めたら痛みはなくなったが、歌手にとって最も大事な声が変わってしまった。

 「それで(子宮)全摘出することになったんです。私は全然、迷わなかった。子宮より、声が変わったことが一番ショックだったから」

 2002年4月、手術。23歳のときに韓国で腹膜炎の手術をした際の癒着があったため、思いのほか時間がかかったが、手術は成功した。ところが…。

 【死んでも舞台に】

 03年6月のある夜、おなかに激痛が走った。病院に行こうと外に出て、耐えられない痛みで座り込んだとき、通りかかったタクシーの乗務員が病院へ連れていってくれた。

 腸閉塞だった。点滴で少し痛みが治まったところで、チェウニは信じられない行動に出た。「死んでもいいから」と、都内の病院に外出届けを出し、兵庫県尼崎でその日に出演するはずだった舞台へ向かったのだ。

 「仕事に穴あけちゃいけないと…私、古い人間なんです(笑)。結局、歌えなくて、ジャージ姿のまま舞台でお詫びの挨拶をして帰った」

 戻った東京駅では救急車が待機。すぐに病院へ戻った。

 【社長は母親】

 韓国の美空ひばりと称される大歌手の娘として生まれ、若くして歌の道で成功した。だが、1998年以降、ほとんど韓国に戻らなかった。

 母国での名声を捨て、日本で何度も病と闘いながら、永住権を獲得したのはなぜだろう。

 「この世界に入ったのは母のおかげ、七光りで(世間が私を)求めてくれた。でも私は、母を知らない国で自分の歌がどう評価されるか、挑戦したかった」

 2歳のときに両親は離婚、チェウニは父に育てられたという。母を尊敬し、母の歌ばかり聞いて影響を受けたが、テレビ番組などで母と一緒に出演することはほとんどなかった。

 来日して所属した事務所の社長は女性で、チェウニをずっと支えてくれた。病気のときも必ず病院に付き添い、一緒に泣いてくれた。

 「社長は母親ですよ。私は人に恵まれた。だから、韓国ではやらなかった新人のやること(下積み)も楽しい」

 成功より、名声より、人とのつながりを選んだチェウニ。

 「日本に来て10年ちょっと。病気もしながら、これが私の人生だとあらためて感じる。大好きな歌で食べていけて、支えてくれる人がいる。これからも絶対、いいことがあると思います」 ペン・肥谷令子 カメラ・渡守麻衣

 ■チェウニ 本名・鄭在恩(チョン・ジェウン)。1964年8月25日生まれ。歌手。ソウル市出身。母は韓国の大物歌手、李美子(イミジャ)。8歳で歌手デビュー、10代から韓国で数々の音楽賞を受賞。98年に本格的に来日、翌年日本デビュー。

 

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