花街文化の再興に挑み10年

★京都・島原「輪違屋」司太夫(つかさだゆう)

2010.11.19


島原・輪違屋 司太夫【拡大】

 「いまにも消えそうな京の伝統の灯に、もういちど命を吹き込み通した。ウチらの時代に消してしもたら、あの寛永の名妓(2代目)吉野太夫に、申し訳のおす」

 幕末には新選組も愛した、かつての京の花街・島原。時代の変遷で、現在、置き屋兼揚(あげ)屋としてただ1軒残る「輪違(わちがい)屋」の太夫。10年前、太夫の雅称にちなむ「こったいの会」を発足させ、手作りの新聞発行などを通じて花街文化を広く一般に紹介してきた。

 節分の日に仮装で寺社参りをし、厄をはらう町衆の風俗「おばけ」や、年末の餅つき会(え)など、伝統行事の再興、復活に次々と挑んできた。餅つき会は今年12月23日、ホテル日航プリンセス京都での開催で復活10周年を迎える。

 「試行錯誤の連続で、失敗して泣いたこともおしたけど、いろんなお方に支えられて、幸せどした」

 浅田次郎の小説「輪違屋糸里」では、浅田氏の取材にも協力。作中に登場する主人公・糸里の親友、吉栄のモデルとされている。

 1962年、京都市山科区生まれ。幼いころから日舞など芸事が好きで、中学卒業と同時に、つてを頼って祇園甲部に飛び込み、舞妓に。

 多芸と持ち前の華やかさで人気を集めたが、6年間の年季明け後は芸妓にならず結婚の道を選んだ。しかし、たまたま同時期に輪違屋の太夫の1人が引退したことからスカウトを受け、以後は家庭生活を営みつつ、島原で活躍してきた。

 島原太夫は、江戸・吉原の花魁(おいらん)がその様式を模倣したために混同されやすいが、多彩な芸事の腕や高い教養を持つ芸妓で、かつては正5位10万石の格式を誇った。

 「先日、ごひいきさんが急逝しはったんどすが、生前の約束もあり、その方のお嬢さんの結婚式で、神戸で初めてとなる太夫道中を披露させていただきましたんどす。ご家族ぐるみで親しんでいただけて、ありがたいことどす」

 12月の餅つき会では、1人娘の朱伽(あやか)さん(23)も、振り袖(見習い)太夫として道中などの行事を彩る。

 「どうぞ京の島原の文化に触れてみておくれやす」

 餅つき会の問い合わせは司太夫(電075・541・8898)へ。(吉村剛史)

 

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