藤本隆宏「あなたは五輪選手」木原光知子さんの励ましで…

2010.12.02

 競泳の日本代表として1988年ソウル、92年バルセロナと2度の五輪に出場した俳優の藤本隆宏(40)。テレビドラマなどで飛躍中だが、俳優転身後は不遇な時代が長かった。元気に乗り切ったヒミツとは−。

 【金メダルが夢だった】

 高校生で出場したソウル五輪で、4学年上の鈴木大地選手が金メダルを獲る姿を見た。

 「自分のことのように嬉しかった。日本人でもできるんだ、と勇気をいただいた」。次の五輪で自身が金メダルを獲る姿を想像していた。

 4年後、バルセロナ五輪。日本人として初めて400メートル個人メドレーのファイナリストとなり、8位入賞の快挙を成し遂げた。しかし同じ日、同じプールで、14歳の岩崎恭子選手が金メダルを獲得。藤本が表彰の準備をしている最中だった。「自分がなさけなくて、悔しくて、仲間なのに(岩崎の金を)素直に喜べなかった」と言う。

 【諦めてはいけない】

 95年に劇団四季のオーディションに合格し、97年に初舞台。この頃、約3年間、水泳を封印した。周囲に水泳の話をすることもなかった。

 「周りの目もそうですけど、自分自身も勘違いしてしまいそうで。それ(先入観)がない状態で始めたかった」

 水泳の五輪選手という“肩書”があれば少しは注目され、仕事に有利だったかもしれない。だがストイックに、実力をつけることにこだわった。

 そのためか、なかなかチャンスは訪れなかった。劇団四季では、1ステージの報酬は「8000円〜1万円」。最初は年に50ステージ程度しか出演できず、アルバイト禁止のため、年収は50万円弱。不足分は両親から借りた。舞台上でほとんどせりふはなく、歌も1小節か2小節、という時代が7年も続いた。

 「水泳はお金がなくてもできるスポーツ。贅沢をしてこなかった人生だから、お金がない時期が長くても、やっていけました。ただ、自信を無くしてしまったんです」

 そんな藤本を終始励まし続けたのが、故・木原光知子さんだった。

 「絶対に諦めてはいけない。あなたは五輪選手なんだから、自信を持ちなさい」

 【今スタートライン】

 水泳の五輪選手から俳優、という道を歩んだ大先輩の木原さんに、藤本は俳優として演じる役が決まるたびに電話していた。その都度、「諦めない」「自信を持って」を繰り返し言われた。劇団四季退団後も、何かと世話をしてくれた恩人だ。

 2007年10月、木原さんはプールで倒れ、亡くなった。その1週間後、藤本が臨んだのがNHKスペシャルドラマのオーディション。主役の親友という役を射止めた。

 「今がスタートライン、これからが勝負です。引退の後に何ができるか迷っているスポーツ選手に、スポーツをやってきたから次の人生に生かせる、何も恐れないで努力することは、人生を確実に上に進ませているということを伝えていきたい」

 いつか『水泳の藤本』ではなく、『俳優の藤本は水泳で五輪に出ていたんだ』といわれる日がくるのだろう。そのときこそ、自分を育ててくれた水泳界、そして木原さんに恩返しをするときだと藤本隆宏は考えている。

 ペ ン・肥谷令子 カメラ・荻窪 佳

■ふじもと・たかひろ 1970年7月21日生まれ。俳優。福岡県出身。競泳選手としてソウル、バルセロナ五輪に連続出場。早大卒業後、劇団四季の研究生に。97年「ヴェニスの商人」で初舞台。退団後も新派公演「香草」の江崎文武役など舞台で活躍。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」(総合、12月5日スタート)で軍神・広瀬武夫役を演じる。

 

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