「遠くはなれて子守唄」があるから再び… 白川奈美さん

★来年、デビュー40周年

2010.12.07


人気歌手として全国を飛び回った過去があるからこそ、白川奈美さんは還暦を前に再びスポットライトを浴び始めた【拡大】

 「早いもので来年、デビュー40周年なのよね。歌手生活は約4年でしたが、『遠くはなれて子守唄』のヒットのおかげで、行かないところはないぐらいに、全国各地のステージに立たせてもらいましたね」

 当時はキャバレー全盛期。テレビ出演よりもキャバレーのショータイムに歌うことが多く、1日3ステージでピーク時は日建て100万円。それでも引っ張りだこだった。

 「歌詞は、夫と死別し、やむなくわが子を山間の里親に預けて都会で働く母親の心情をつづっていましたから、同じ境遇の水商売の女性にすごく人気でした。最近は、子供を虐待したり簡単に殺しちゃったりする母親が増えていますが、時代は変わったものですね」

 借りていた港区内のアパートは衣装部屋代わり。自分の布団で寝るのは数カ月に1度あるかないかの生活だった。

 「大阪から新幹線で戻り、着替えたらすぐに上野駅発の夜行列車で青森。その後は北海道で2、3週間営業なんてザラでした」

 人気絶頂だった1974年、大学時代は田淵幸一、山本浩二と並んで「法政三羽烏」と呼ばれ、巨人軍入団後は内野手として活躍していた富田勝氏と電撃結婚。惜しまれつつ引退した。

 「結婚生活は約15年でピリオドを打ちましたが、『ビートたけしのスポーツ大将』(テレビ朝日)に富田が出演していた縁で、たけしさんがフライデー事件を起こして保釈された後、しばらくウチで匿っていたこともありました」

 離婚後はずっと独身を通し、子供2人はすでに社会人となり結婚したため、今は一人暮らし。だが、2年前の1月にのどのポリープの摘出手術をするなど、一時体調を崩していた時期もあった。

 「健康って大事だなって身にしみました。それで今は毎日、水泳で体力づくりしているんです」

 2008年7月4日に放映された「夏祭りにっぽんの歌」(テレビ東京)で33年ぶりにテレビ出演して以来、懐メロ番組からちょくちょく声がかかるようになった。

 「今年5月にもNHKの『歌謡コンサート』に出演させていただきました。健康だからこそ力いっぱい歌えるわけですし、ヒット曲に恵まれたから、来年還暦なのに再びスポットライトも浴びられる。歌手になって本当に良かったわ」

■しらかわ・なみ 千葉県出身、59歳。芸能プロダクションのオーディションに合格したのがきっかけで、1971年2月に「恋の灯(ひ)が消える」(ビクター)でデビュー。同年8月発売の「遠くはなれて子守唄」が大ヒットして人気歌手の仲間入りを果たした。74年、当時、巨人軍の内野手だった富田勝氏と結婚し、後に離婚。一方、新宿・歌舞伎町でラウンジを始めたのを皮切りに飲食店経営も行っており、現在は、小料理店「灯(あかり)」(新宿区市谷台町18の5 電03・3350・1923)を経営。

 

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