鶴光カバン持ち破門され…嘉門達夫“大阪回帰”宣言の事情

2010.12.27


嘉門達夫【拡大】

 「ヤンキーの兄ちゃんのうた」「替え唄メドレー」などのヒット曲で知られる歌手、嘉門達夫(51)が「もう一度、生まれ育った街と向き合いたい」と“大阪回帰”を宣言した。きっかけは少年時代に胸を熱くさせた万博だったという。

 今年10月から始まったFM OSAKA「カモン!EXPO大作戦」(水曜午後9時半〜)で、MBSラジオ「ヤングタウン」以来約18年ぶりに関西のラジオ局に戻ってきた嘉門。「本当に不思議な縁で大阪に戻ってきた。地元・大阪と向き合うことができた1年だった」と振り返った。

 大阪回帰は、今年5〜10月に開催された上海万博がきっかけとなった。日本産業館応援団長に就任した嘉門は20日間にわたって現地を訪問、計11回のステージをこなし、「小市民」「鼻から牛乳」のヒット曲の中国語版を披露して会場をわかせた。その際、たこやき店を出店していた大阪・ミナミの道頓堀商店会関係者らと知り合い、1970年の大阪万博の思い出がよぎったという。

 「当時の僕は小学生。21回も行きました。建設から解体までの様子を眺めて日本の勢いを感じたのを覚えています。そして、上海万博でも中国の勢いを感じました」

 自他ともに認める“万博マニア”にとって、大阪万博で集めた大量の記念バッジは大切な宝物。2005年の「愛・地球博」(愛知万博)や上海万博でもバッジを集めまくった。

 万博へのノスタルジーを募らせた時、気になったのが関西の地盤沈下だった。特に道頓堀は、嘉門が落語家時代(笑福亭鶴光の弟子を後に破門)にカバン持ちをしていた「原点の場所」。思い入れは人一倍で、5年後には堀が作られて400周年を迎えることもあり、道頓堀を歌で応援していくことにしたという。

 「改めて大阪の街を歩いてみたが、清濁入りまじったカオスは変わっていない。全国へ発信する手助けをしたい」

 今年はシングルとアルバム各2枚をリリース。自身のツイッターには1日2500件ものネタが持ち込まれ、コアな人気ぶりは健在だ。

 「昨年、独立したのは大きな転換点になった。歌いたいこと、やりたいことはいっぱいある。大阪から桜を咲かせていきたい」

 29日には大阪・梅田の「umeda AKASO」で年末スペシャルライブを行う。 (格清政典)

 

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