“プロレスのWink”も2児のママ 高橋美華さん 

★全日本タッグ王者、長与千種の付き人も

2011.01.12


現役時代は「プロレスのWink」ともいわれた高橋美華さん。今の十八番はポルノグラフィティの「アゲハ蝶」だとか【拡大】

 「タカミちゃーん、やめないでー」。1991年10月4日、東京・後楽園ホール。アジャ・コングら全日本女子プロレスの同期から花束を受け取る高橋美華に声援が飛ぶ。テン・カウントゴングが鳴り響くと、涙があふれ出た。

 細身でルチャ・リブレを意識した敏捷性は、女子に目を向けなかった通好みのファンを引きつけた。だが、膝と腰に慢性の故障を抱え、21歳にしてリングを去った。

 「飛んだり跳ねたりは膝と腰に一番負担がかかる。きちんと試合ができるうちに辞めたかった。第二の人生を歩むなら早いほうがいいとも思っていた」

 引退後はOLや専業主婦などを経て、現在は千葉・松戸市内のスナック「アポニー」に勤務して9年目。「四の字かけて」「ブレーンバスターかけて」と、しばしばプロレスが話題に上がる。「スカートだからって断るけど、もうできないだろうなあ」と笑う。

 クラッシュギャルズの長与千種にあこがれ、高校1年で全女のオーディションを受けたが不合格。一念発起し高校を中退、工場で働きながら栃木から東京までジムに通い続けた。翌年も落ちたが、「枠が残っているから」と副社長に拾われて入門。3000人に10人の狭き門だった。

 女子プロレスが人気絶頂の86年にデビュー。新人王トーナメントで準優勝してから注目を集め、タカミスペシャルなど華麗な空中技を得意とした。前田薫(現KAORU)と組んだ「ハニーウイングス」は全日本タッグ王座を2度獲得。「プロレスのWink」とも呼ばれ、フリフリの衣装には戸惑ったが、「選手は商品ですから」

 長与の付き人も務めた。家に呼ばれ、「泳いでるマリオ見たことあるか?」と、2時間以上も無言でゲームに興じたかと思うと、突然道場で特訓開始。「切り替えが早くて絶対的な存在。カリスマです」

 91年の前田移籍でアジャらのチームに合流。反則スレスレ、汚い言葉で相手を罵った。楽しかったが、連日にわたる重量級との対戦は選手生命を縮めてしまった。

 試合開始早々にブル中野のラリアートが直撃。前歯2本が吹っ飛んだまま3本勝負をやり切ったことも。血まみれの姿に、「ブルさんが顔を背けた」のも思い出だ。

 4年前に離婚、現在は中3の長女と小6の長男のシングルマザー。「新人時代は貧乏だったし、あの時の苦労があるから何でも乗り越えられる」

 ■たかはし・みか 栃木県出身、41歳。1986年、全日本女子プロレスに入門。プロテストに4回目で合格。同年6月にデビュー。88年10月と90年6月に全日本タッグ王座。91年10月に引退。妹はGPシリーズ出場歴のあるフィギュアスケートの高橋香奈子。現在の勤務先はスナック「アポニー」(松戸市西馬橋幸町163の4、電047・345・5821)。「個性がみんなバラバラで面白い。どんなに沈んでいても絶対に元気になりますよ」とのこと。

 

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