ひょうきんプロデューサー横澤彪さん秘話(上) ベイスターズ日本一の時昼間から一緒に美酒

2011.01.12


横澤彪さん【拡大】

 お笑いブームを仕掛けるなどバラエティー番組に一時代を築いた元フジテレビのゼネラルプロデューサー、横澤彪さん(享年73)。その人脈、興味分野は幅広かった。タレント、タモリ(65)の才能をともに開花させたジャズピアニスト、山下洋輔(68)が振り返る。

 横澤さんとの出会いは、東京・四谷三丁目にあった頃の酒場「ホワイト」でした。テレビ関係者も集まるところで、タモリや「今夜は最高!」「笑ってる場合ですよ!」の放送作家、高平哲郎さんもよく来ていた。横澤さんを最初にお連れしたのは、高平さんだったと記憶しています。

 横澤さんは年上ですけど、気が合いました。その頃に私が鍼灸医の竹村文近先生をご紹介したので、以来30年近く「鍼友(しんゆう)」でした。

 毎年、竹村先生の薬膳パーティーで同じテーブルになって、奥様ともども楽しい時間を過ごしました。横澤さんの歯にきぬ着せぬ話には、スカッとしたものでした。

 2人とも横浜ベイスターズの大ファンと分かって、さらに親しくなりました。アンチ巨人の私が神奈川の葉山に越したとき、当時の大洋ホエールズも横浜へ移ってきた。そこに自分と1字違いの山下大輔選手がいて「天のお告げだ。ここだ!」と決めたのです。

 1998年、権藤博監督の下、佐々木主浩選手を擁してリーグ優勝し、日本シリーズを制覇。この年は、やはりベイスターズファンの小説家の丸谷才一先生と横澤さんの3人で盛り上がりました。

 横澤さんからご本をいただくと、こちらはお礼の手紙に必ず「横浜方面」についての感想を添えるのが習慣でした。私はベイスターズの応援歌をビッグバンドで演奏してCDになっていますが、横澤さんはお嬢さんが横浜球場の場内アナウンスをされましたから、かないませんよ(笑)。

 優勝の年には、3人で雑誌で鼎談もしましたし、日本一になったときは「優勝祝いだ!」と、葉山の贔屓のお蕎麦屋さんに横澤さんと丸谷先生を招いて、昼間から美酒に酔いしれました。どこからともなく洩れ、ある新聞のコラムに「横浜はよいファンを持ったものだ」なんて書かれたのも良い思い出です。

 私のコンサートにも何度も来られ、「お笑いの連中にもこういうのを見てもらいたい」と言われ光栄でした。感性の鋭さは晩年まで変わることがありませんでした。

 15日に、横澤さんも毎年足を運んでくださっていた恒例の東京オペラシティでのコンサートがあります。口はばったいけれど友人として、横澤さんへ届く演奏をしたいと考えています。 (ジャズピアニスト・山下洋輔)

 

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