アイドルからの転落、豊川誕さん 再起かけ28年ぶりの新曲

2011.02.09


現在の豊川誕さん【拡大】

 まさにジェットコースター。天国と地獄を幾度も味わい、波瀾(はらん)万丈の人生を歩んできた養護施設出身の元アイドル歌手、豊川誕さん。転落ばかりクローズアップされるが、久々の朗報だ。先月リリースした「愛は咲き頃」は、28年ぶりの新曲となる。

 「昭和歌謡をベースにしたムード曲で、人生の哀歓をしみじみ歌っています。年齢を重ねると、ポップスのようなノリの良さよりも、やっぱり“詞”が大事ですね」

 去年の9月ごろから本格的にボイストレーニングを始め、体力づくりのためにほぼ毎日、ジムで汗を流している。

 「デビュー当時はすごく痩せてて、体重は48キロでした。今は60キロ台なので、せめて50キロ台の半ばに絞りたい。そうすると派手なパフォーマンスもできるし、可能ならば全国ツアーもやってみたいよね」

 生まれは定かではない。生活苦により両親が育児を放棄。実父に姫路市内の公園に置き去りにされ、保護されたところから戸籍がスタートする。育ったのは、先ごろ“伊達直人運動”で話題となった漫画「タイガーマスク」に登場する「ちびっこハウス」同様の、民間児童養護施設だった。

 「『タイガーマスク』が連載されてたころ、オレは小学生。テレビを見ながら、伊達直人が来てくれないかな、と子供心にマジで思ったよ。今回の運動は、まだまだ生活環境が悪い施設にスポットライトを当てたことでも意義は大きいね」

 アイドル歌手として華々しくデビューしたのは1975年3月。あどけなさが残る16歳の新人はたちまち注目を浴び、アイドル雑誌の表紙を飾った。『月刊明星』誌では75年度最優秀新人賞、所属レコード会社CBSソニーの75年最優秀新人賞を受賞するほど、人気があった。

 成人後は、歌手よりも実業家としての比重が多くなり、飲食店や芸能プロダクション、旅行代理店と幅広く経営手腕を振るった。

 だが90年代後半は、不祥事ばかり。2度の覚醒剤事件によって約3年服役。服役中に薬物の後遺症に悩まされ、2度の自殺未遂も経験した。

 「さすがに、もう懲り懲りです。あの苦しさ、そして家庭崩壊を知っているから、歌手活動を通じて薬物撲滅にも協力したい」

 再び、花は開くのか。

 ■とよかわ・じょう 兵庫県姫路市出身。52歳。両親に遺棄されて同市内の児童福祉施設で育つ。高校中退後、ジャニーズ事務所に所属し、1975年3月に「汚れなき悪戯」でデビュー。瞬く間にトップアイドルになったが、同事務所を離脱後、低迷時代を迎える。その後、2度の覚せい剤事件を含め、たびたび逮捕されて話題に。再再起を賭け、今年1月21日に「愛は咲き頃」(ニューセンチュリーレコード)を発売。3月16日には、東京都江戸川区の湯宴ランド小岩(電03・3650・1126)の歌謡ショーに出演予定。

 

注目情報(PR)