【ブック】沼田まほかるさん「善悪で分けられないのが人間」

2011.04.25


沼田まほかるさん【拡大】

 相次ぐ不幸に見舞われた青年が、実家で偶然見つけた4冊のノート。そこには、犯罪者であるらしい謎の人物による、衝撃の手記が書かれていた。創作なのか、事実なのか。事実であれば、その人物は誰−? 冒頭から物語に引き込まれるエンターテインメント長編。日常に潜む人間の暗部を浮き彫りにしている。(文・青木千恵 写真・中岡隆造)

 −−物語の端緒は

 「数年前、自殺願望を持つ人をだまして犯人が快楽殺人に及んだ事件があり、人が苦しむ姿に興奮する性癖の持ち主がいることに驚きました。もともと、『帰宅したら母親が違う人になっていた』という物語設定を以前から温めていたので、その設定と、殺人衝動を持つ人物のふたつを繋いで書こうと考えました。歴史上、快楽殺人には幾つもの例があります。自分には縁がないことと済まさずに、この世界に存在する人間の暗部を小説にしてみようと」

 −−〈私のように平気で人を殺す人間は〉…で始まる手記と、それを読む亮介の身辺に起きる出来事が交互に描かれる

 「最初は、ラストシーンのイメージが漠然とある以外は混沌とした状態でした。取りかかって間もなく、交互に書く手法を思いつきました。ひとつの作品の中で文体を変えて書く楽しみを私自身が味わってみたかったし、現在の出来事と手記の告白文を交互に書くと雰囲気が醸され、私も気分が切り替わって進めやすかったですね。現在のパートで悩んだら、手記に移行したり(笑)」

 −−まずイメージが浮かぶんですか?

 「断片的に。場面の雰囲気や人物の表情が浮かぶのですが、それらをどう繋いで娯楽小説に仕立てるかが大変で、執筆はとても苦しい。1枚も書けない日もあるし、パソコンに向っていない時間も小説のことばかり考えて、朦朧として…」

 −−重い題材なのに読後感がいい

 「例えば映画にもなった『羊たちの沈黙』では、猟奇犯罪者のレクター博士が独特の魅力に溢れた存在として描かれていました。エンターテインメント小説は、既成の価値観に縛られずに人間の姿に光を当てる、自由度の高い世界です。とはいえ、殺人はしてはならないことですから、とても悩みました。自分の倫理観が第一の壁で、突っ切って書きました。自分たちは善で犯罪者は悪だと2つにはっきり分ける考え方に、私は抵抗感があります。誰もが清濁を併せ持っている。それが人間だという認識を一人ひとりが持てば、もう少し生きやすい、許容しあえる社会になるのでは」

 −−「慈悲」の要素が

 「慈愛や虚無感といった仏教的な思想は私の根幹と関わっていて、どの作品にも現われていると思います。虚無感や無常観は目に見えない。ふだんの生活で見ているのは皮相的なもの、日常の底に潜む、見えないものが大きな本質だと考えていて、それを書きたい」

 ■『ユリゴコロ』双葉社・1470円

 ドッグランを備え、犬と飼い主による会員制の喫茶店を営む亮介。ある日、実家を訪ねて、ひと束の黒髪と〈ユリゴコロ〉と題された4冊のノートを見つける。そこに書かれていたのは−。

 ■ぬまた・まほかる 1948年、大阪府生まれ。主婦、僧侶、会社経営を経て2004年、50代で初めて書いた長編『九月が永遠に続けば』により第5回ホラーサスペンス大賞を受賞して、デビュー。他の著書に『彼女がその名を知らない鳥たち』『猫鳴り』『アミダサマ』『痺れる』がある。

 【取材後記】

 異色の経歴だ。お寺の一人娘に生まれ、結婚して主婦に。離婚後、得度して実家の僧侶を務めた。僧侶を辞した後、建設会社を経営。そして作家に。

 「親の期待を背負った優等生だった反動か、強制されるのが苦手。20歳を過ぎ、『読め』と言われなくなってから、小説を読み始めました。現実の底が抜け、世界の枠が広がる感覚を覚えて、病みつきになりました」

 デビュー後、“遅咲きの大輪”と話題に。深いテーマを娯楽小説に仕立てる筆力の持ち主だ。

 「せめて3時間の辛さを忘れたい人がいるでしょう。映画も小説も、上質のエンターテインメントに触れるとすべて忘れて没頭できますね。深刻さを突き詰めるものと楽しい方、どちらか選べと言われたら、私は楽しい方を。それで、エンターテインメントを書いています」

 

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