団鬼六さん死去「快楽こそ人生」貫き…小向美奈子“再生”も

2011.05.07


昨年12月28日、東京・銀座のキャバレーで行われた自伝エッセー『死んでたまるか』(講談社)の出版記念&忘年会には、小向美奈子ら130人が詰めかけた【拡大】

 官能小説の第一人者、作家の団鬼六(だん・おにろく)=本名・黒岩幸彦=さんが6日午後2時6分、食道がんのため都内の病院で死去した。79歳だった。昨年1月に食道がんが発覚。手術は拒否し、放射線・投薬治療をしながらも、精力的に遊びや執筆活動に取り組み、「快楽こそ人生」という鬼六哲学を最後まで貫き通した。

 関係者によると、がんは肺にも移転、最近は入退院を繰り返していた。先月10日には屋形船を借り切り、家族や官能小説家の丸茂ジュンさん(57)らと隅田川で花見会を開いた。

 再入院し27日に一時帰宅したが、5月2日に容体が急変して緊急入院。意識が回復することなく6日、家族にみとられながら息を引き取った。

 鬼六さんは1931年、滋賀県彦根市生まれ。関学大を卒業後、教員など職を転々。バー経営に失敗、借金返済のために書いた「親子丼」が57年にオール讀物新人杯に入選、作家デビュー。

 当初は自身の株や先物相場の経験を生かして経済小説を書いていたが、「花と蛇」をSM誌「奇譚クラブ」に投稿して評判になり、官能小説家の雄に。緊縛ものを最も得意とした。夕刊フジにも「もっと淫らに」など、ポルノ、SM小説を何度も連載している。

 「花と蛇」は自身が見いだした谷ナオミが主演で74年に映画化。以後、「団鬼六 美女縄地獄」(76年)など、自身の名前を冠したポルノ映画は30タイトルを数えた。

 2004年頃から腎不全を患い、延命治療(透析)を拒否。夕刊フジで1面で報じたことも。

 その後、医者の勧めもあり、「煙草も酒も女も仕事もやめることはない。快楽しながら生きていく」と治療を受けた。後年、親友の落語家、立川談志からは「しょうがねえなあ、だらしねえ野郎になったなあ」と再三からかわれた。

 昨年4月にがんを告白。「大いに仕事し、大いに楽しみ、生を満喫するために死ぬまで生きることを欲す」というメッセージを公表した。

 闘病生活の傍ら、アウトローへの優しいまなざしを持ち続け、元アイドルのストリッパー、小向美奈子(25)を再生させようと主演で「花と蛇3」に起用。今年3月には小向に「元気になったら次回作を書いてやる」と声をかけていた。

 鬼六さんが最期まで気に掛けていたのは、今月末から月刊誌『小説現代』で始まる連載小説のことだった。

 「5年前から構想を温め、『これを最後の集大成にする』と言っていた」と関係者。井原西鶴の生涯を描いた大作で、題名は「私本・西鶴草子」。21日発売の同誌6月号に掲載される第1回目が遺作となった。

 「ただ遊べ 帰らぬ道は みな同じ 柳は緑 花は紅」。鬼六さんが最も気に入っていた江戸時の小唄、隆達節の一句だが、仕事にも性にも、たひたすら“遊び”抜き通した人生だった。

 通夜、葬儀の日程は未定。喪主は長男、黒岩秀行(くろいわ・ひでゆき)氏。

 ■杉本彩「最高に 可愛い大人の男」

 「花と蛇」(03年)、「花と蛇2パリ/静子」(05年)に主演した女優、杉本彩(42)は恩師の死に悲しみのコメントを寄せた。団さんについて「映画の撮影に入る8年前、初めてお会いした時、作品から想像できない優しくて穏やかな人柄に触れてほっとしたことを思い出します」と述懐。毎年11月に行う杉本のタンゴショーに昨年まで毎年訪れていたことを明かし、「男と女の成熟した愛の形とは…という、女として、とても大切なことを学んだ」と追悼。「最高に可愛い大人の男…本当に大好きです。静子を演じさせていただいたことは私の宝」と話した。

 ■小向「悔いが」 

 小向は6日、関係者を通じて「映画のお仕事をご一緒させてもらって以降、公私ともに大変にお世話になりました。最後にごあいさつできなかったのが非常に悔やまれます」とコメントを寄せた。

 

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