石原プロクーデターだった!小林専務とテレビ局女性Pと絶縁目的

2011.05.13


社長退任を発表した渡哲也と小林さん(右)【拡大】

 国民的スター、石原裕次郎さんが設立し、鉄の結束を誇ってきた石原プロモーションで、長らく社長を務めた俳優、渡哲也(69)が辞任、“コマサ”の愛称で親しまれた“番頭”の小林正彦専務(75)も引退した。背景について、「事務所存続のためのクーデターだった」と指摘する声があがっている。

 「一昨年の23回忌法要を節目に社長を辞任し、会長のまき子さんにお返しすることを前々から決めておりました」

 渡は、こう話し裕次郎さんの妻で同社会長の石原まき子さん(77)への“大政奉還”を発表。同じく取締役を退任する舘ひろし(61)、神田正輝(60)とともに俳優活動へ専念するとした。この変革には続きがある。

 「じつは今回の変革の要は、小林専務とつながりが深かった女性プロデューサーとの絶縁です。プロダクション社員による一種のクーデターなんです」

 そう明かすのは内部事情に詳しい業界関係者。

 小林さんは裕次郎さんを懐刀として支え、亡き後の23回忌法要では、東京・新宿の国立競技場に総持寺を“建立”。本尊を運び出し、僧侶160人を出席させるなど度肝を抜く石原プロらしい演出で辣腕を振るった。

 一方で糖尿病や泌尿器系の病気を患い、心臓に爆弾も抱え、最近、愛妻を亡くした。23回忌を節目に一線を退く青写真が描かれていたのだが、辞めるに辞められない事情があった。

 「あるテレビ局の女性プロデューサーの存在です。彼女がプロダクションの人事や方針にまで介入していた。石原プロの所属俳優に出演依頼をしても、小林さんと昵懇の女性プロデューサーから意見が入り、なかなか了承が得られず、キャスティングに難航した。彼女に知られないように、クーデターは密かに練られていたようです」

 そう明かすのは、女性プロデューサーとは別の局の制作スタッフ。

 数年前、あるテレビ局が、渡を準主役扱いでドラマに起用しようと出演オファーをした。多くの人を介し、石原プロへ働きかけたが、渡の出演はついに叶わなかった。

 ドラマは、その年の話題となるほど高視聴率を記録した作品だったため、「渡さんはなぜ、断ったのだろう」と首をかしげる関係者もいた。しかし、多くのドラマ関係者は「あの人の横やりがあったのでは…」と、ささやきあったという。

 実際、女性プロデューサーと、ソリの合わない十数人の有能な社員が石原プロを去っている。

 「近年では、渡さんとコマサさんの口論が増えていた。結局、小林さんは3月31日付で退社。東日本大震災の被災地で先月行われた“炊きだし”では、コマサさんが陣頭指揮を執ったがテレビに映る姿がほとんどなかった。退社していたから当然だが、『ここで倒れてもいい』という心意気で最後の奉公だったのでしょう」と小林さんの胸中を慮る関係者もいる。

 この間、石原プロの“解散”を報じる新聞もあったが、これは見当違い。

 「コマサさんが最大の功労者であることは間違いない。ですが石原プロが育てた若手、中堅の俳優を積極的にドラマ、舞台、映画に売り込むために、“泣いて馬謖を斬る”決断をしたということです」(先の業界関係者)

 裕次郎さんも、ほっとしているだろうか。

 

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