牢獄ステーキハウス ミスターデンジャー松永光弘さん

★プロレス団体FMWでデスマッチ路線

2011.06.15


数々のデスマッチで格闘技ファンを沸かせた松永さんは、いまやステーキの達人だ【拡大】

 創業14年目。経営する「牢獄ステーキハウス ミスターデンジャー」は、都内でもややローカルエリアにあるが、「美味しくてボリュームがあって、しかも安い」と評判だ。

 「東日本大震災の直後は、さすがにお客さんがガクッと減ったけど、今はほぼ以前通り。週末は行列ができるよ」

 営業は夕方5時から深夜零時。休日の水曜日以外は、毎朝10時に出勤し、掃除、仕込みに汗を流す。調理するのも、松永さん本人だ。

 「特徴は、幼稚園児でもお年寄りでも噛むことができる柔らかさ。だから、肉の加工と下ごしらえに手間がかかるってわけ」

 1989年10月、大仁田厚が率いたプロレス団体・FMWの旗揚げ戦でプロレスデビュー。過激なデスマッチ路線を突っ走った。名を挙げたのは、92年2月、後楽園ホールでのザ・ヘッドハンターズ戦。2階バルコニー席から4メートルあまり下の相手選手へダイブ攻撃をかけ、一躍“ミスター デンジャー”の称号を勝ち取った。

 だが、その後渡り歩いたインディーズ団体では生活は不安定。アルバイトで生活費を稼いだこともあった。デスマッチレスラーにつきものの、大ケガも心配だった。

 「リング生活より、その後の人生のほうが長いからね。それで副業として始めたんだ」

 修業先はJR総武線平井駅そばの名店「ステーキ志摩」。1年間、下働きからノウハウを身につけた。

 「14年続いた秘訣? 毎日、オーナーが店にいる。誠心誠意、真面目に調理して美味しいものをお出しする。これ当然なんだけど、繁盛すると忘れてしまう経営者が多い。特に引退した有名スポーツ選手にね。自戒しないと…」。

 09年12月23日に引退。今は、聴覚障害者のプロレス団体『闘聾門(とうろうもん)JAPAN』『HIRO』の2団体のサポーターとしてエキシビジョンマッチに出場している。

 「今も週2回はジム通いを続けているから、体型も体重も引退時から変わってないよ。上腕部の周囲は45センチぐらいだね」

 最近、注目されているのが、公式ブログ「またくるゆるさん」。確かな記憶力と理論的な独自の視点で、空手、格闘技、プロレスの歴史を掘り起こしており、プロレス、格闘技ファンは必見だ。

 ■まつなが・みつひろ 1966年、愛知県生まれ。学生相撲をへて寛水流や誠心会館で空手修行。89年10月6日、プロレス団体・旧FMWでプロレスデビュー。その後、デスマッチ路線を確立し、「パイオニア戦志」「W★ING」「大日本プロレス」「ゼロワンマックス」と主にインディーズ団体に参戦。09年12月23日、引退。現在、「牢獄ステーキハウス ミスターデンジャー」(東京都墨田区立花3の2の12 (電)03・3614・8929)を経営。

 

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