「島田のぶんぶん」で復活した小宮惠子…まだまだ現役

2011.10.05


なんと芸能活動半世紀! 記念アルバム「七彩(なないろ)の愛−そして明日へ」が好評だ【拡大】

 今年5月、50周年記念アルバム「七彩(なないろ)の愛−そして明日へ」を発売。間もなく文京区音羽のキングレコード本社に、70代とおぼしき背広姿の男性が訪れた。

 大阪に住む自営業の社長を名乗り、こう言ったという。

 「小宮さんはボクの青春時代のマドンナやった。記念アルバムの発売ありがとう」

 東村山市からもファンレターが同社に届いた。そちらにはCDショップの領収書のコピーとともに「これからも頑張って下さい」と応援コメントが書いてあった。

 「本当に嬉しかったですよ。15年前に、35周年記念コンサートを開催したものの、その後、母の介護に追われ、歌どころではありませんでした。しかも6年前に、最愛の母が死去。その後は体調を崩してずっとステージからも遠ざかっていたんですからね」

 復帰は諦めていた。だが昨年夏ごろから、友人やファンから「新曲の予定は?」「イベントは?」との声が続き、背中を押された。

 「思い切ってアルバムにしました。新曲は『午前0時の港町』『さくら坂』の2曲で、1956年に石井千恵さんが発表した『月の出ぬ間に』をアレンジも新たにカバーしています」

 他にはデビュー曲の「明日天気になあれ」や「島のアンコさん」など全10曲収録。歌手生活50年のダイジェスト版ともいえる。

 今年6月19日には、故郷、石川県金沢市のホテル日航金沢で記念ディナーショーも開催。気分を一新して再スタートを切った。

 デビューした1961年は、堀越高校に通う17歳の女子高生だった。

 「教科書を入れた学生カバンを持って、テレビ局やラジオ局を走り回ってました。歌手だからって、学業はおろそかにしたくなかったんです」

 高石かつ枝さんと並ぶ、清純派アイドル。後見役が大御所・三橋美智也だったので、誰もが一目置いた。

 70年代、80年代は、ビッグヒットに恵まれなかったが、1992年に発売した「島田のぶんぶん」で復活。ダムをはじめとするカラオケのイメージビデオは小宮さんご本人が登場する。

 「一歩一歩の積み重ねで今があるんです。まだまだ私は現役。歌えるって、ホント、楽しいですね」

 ■小宮惠子(こみや・けいこ) 1961年、「明日天気になあれ」(キングレコード)でデビュー。翌年に発売した金田星雄(野球評論家の金田正一氏の実弟)とのデュエット曲「幸せを掴んじゃおう」がヒットして注目を浴び、1964年、ソロ第一弾の「島のアンコさん」が50万枚超のセールスを記録する大ヒット! 一躍人気歌手の仲間入りを果たした。その後、92年競作となった「島田のぶんぶん」が大ヒット。今年5月25日、歌手デビュー50周年を迎え、記念アルバム「七彩(なないろ)の愛−そして明日へ」を発売した。

 

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