【豊川誕アイドルの果て】アイドルも意外と薄給!月12万円ナリ

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2011.11.27


アイドル時代の豊川誕【拡大】

 アイドルとして人気絶頂を迎えていた19歳のとき、豊川誕(53)はジャニーズ事務所から独立。ソロ歌手として活動した後、実業家として第2の人生をスタートさせた。

 ジャニーズを辞める半年ぐらい前には、テレビ番組の収録が毎日あるほどの売れっ子になっていました。ギャラもすごかっただろうと思われるかもしれませんが、意外と安いもんでした。16歳でデビューしたときは、月3万円。翌年には12万円にアップしましたが、結局最後までその額は変わりませんでした。

 ただ、タレントのプロモーションには、おカネがかかります。僕にも3500万円ほどかかったと言われていました。事務所も、まずは投資額を回収しないといけませんからね。

 だから、ギャラが不満で辞めたわけじゃないんです。じゃあなんで辞めたのかというと、僕が孤児だというのを強調する売り出し方がイヤになっちゃった。合宿所で一緒だった男の子に「なんで自分の不幸を売り物にするんだ」と言われたのもショックで…。

 勢いよく辞めたのはいいんですが、その後が大変でした。事務所との契約期間は5年で、独立してから2年はレコードを出せない。当時は「半年、レコードを出さないと終わり」と言われていましたから、「どうしよう」って…。

 しようがないので、仲間と芸能プロダクションを始めました。地方のイベントにタレントを手配する仕事です。それと並行してバーもオープン。気がついたら25歳で5つの店や会社を経営するようになっていました。いざ経営する立場になると、ジャニーズのトップ2人、メリー喜多川さんとジャニー喜多川さんがいかに先見の明があったかがよく分かります。

 タレントの育成や契約方法など、日本にショービジネスの概念を持ち込んだのは、お二人です。ビジネスに徹する姿勢には「やっぱり米国人の血が入ってるな」と感じましたよ。

 お二人の背中を間近で見ているせいかどうかは分かりませんが、僕以外にも事務所を辞めて芸能プロを経営するヤツは結構多い。たとえば「トミーズアーティストカンパニー」の小林謙治社長もその1人。ジャニーズ時代はトミーの愛称で活躍していました。

 でも、経営者として成功する元タレントには、1つのパターンがあります。それは「タレントとしては売れなかった」ということ。ヘタに売れちゃうとプライドが残ってしまうんです。ビジネスとして一線を引けないと厳しいですよ。…なんて偉そうに言ってる僕にも同じことが言えますけどね。

 

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