宮沢りえ“離婚”の裏側…断ち切れない母親との絆

2012.05.16


女優・宮沢りえに夫婦生活は似合わなかったのか【拡大】

 宮沢りえの離婚騒動がマスコミを賑わしている。

 「結婚生活の中で生まれた調和することのできない考え方の違い」が重なったことが原因だとのことだが、結婚時にある程度のことは予想できたはずである。

 夫婦双方が弁護士を立てて協議中ということで、高嶋政伸と美元(みおん)夫婦のように離婚成立に時間がかかったり、危ぶまれることはないだろう。

 一報を受けたとき、遅きに失した感はありさえすれど、多くの人に驚きはなかったようで、街の声も「いつか別れると思った」が大半。

 宮沢りえの恋愛、結婚と言えば20年前の貴花田(現・貴乃花親方)との婚約騒動、市川右近との恋愛騒動が思い出される。

 彼女が真剣に恋をしたのはこの2度だけである。

 初めての恋が、当人たちの気持ちとは別のところで、事情や人間が渦巻いて婚約会見をしたにも関わらずの破局。その直前まで本人には何も知らされておらず、会見場に着いて事の次第を知り、愕然としていた。その傷の深さは推して知るべしである。

 その後、気丈に振る舞えば振る舞うほど、痛々しさを超越して美しくなったのは皮肉なことだ。

 そんな辛さを乗り越えての2度目の恋だった。が、相手は彼女が思うほどに心を許さず、他に恋人もいた。

 20代の頃、酔うと「宮沢家は男運が悪いのが心配」と何度か言っていた。彼女の母親も、母親の姉も、離婚している。

 (自分もそうなるのではないか、幸せな結婚ができないのではないか)

 そんな不安を常に抱えていた。

 逆に言うと、それほど幸せな結婚、幸せな家庭への願望が強かった。

 女性にとってセカンドラブは一生の恋愛観、結婚観を左右するという。不運なセカンドラブを経験すると、そのトラウマは一生ついて回る。

 35歳での妊娠、デキ婚は、おそらく女性としての最後の賭けだったとみる。

 ただ、りえママのお眼鏡にかなっていたかどうかは疑わしい。権力志向、肩書重視が強い母親にとって、夫に相応しい男性だったとは考えにくい。

 りえはそれまで、不幸な恋愛を重ねてきた女性、母親とべったりで女としての幸せに乗り遅れたなどと言われ続けていたが、この妊娠から結婚でそうした評判を払拭できるという思いもあっただろう。

 ハワイ在住の夫と、日本をベースに暮らす彼女と、別居生活がベースであれば長く続いただろうが、日本で同居となると女優業を軸に据えたいりえにとって、厳しい事態となる。

 折しも、布袋寅泰が一家で英国に移住すると公表。もちろん今井美樹も娘も一緒に渡英する。

 夫の子供の頃からの夢を家族一緒に叶えるべく下した決断。今井にとって女優活動への負担は大きくなるだろうが、それ以上に家族を、夫を優先させたのである。

 「愛すべき家族に心から感謝」と布袋は言うが、このひと言に家族の絆の深さがうかがえる。

 宮沢りえが、母親との断ち切れない絆の強さの半分でも夫との間に絆を紡ぐことができていれば、ハワイと日本のすれ違いの多い二重生活であっても、離婚は回避できたのではないだろうか。

 ■酒井政利(さかい・まさとし) 和歌山県生まれ。立教大学卒業後、日本コロムビアを経てCBS・ソニーレコード(現、ソニー・ミュージックエンタテインメント)へ。プロデューサー生活50年で、ジャニーズ系・南沙織・郷ひろみ・山口百恵・キャンディーズ・矢沢永吉ら300人余をプロデュースし、売上累計約3500億円。「愛と死をみつめて」、「魅せられて」で2度の日本レコード大賞を受賞した。2005年度、音楽業界初の文化庁長官表彰受賞。

 

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