40年の時を越えて蘇った「放送禁止歌」 熱い志が結実

★大人のエンタメ

2012.11.05


山平和彦のファースト・アルバム「放送禁止歌」【拡大】

 日本のフォークソングの3大レーベルといえば、URC、エレック、ベルウッドだが、それぞれカラーは異なっている。

 URCはインディーズレコードのパイオニア。とはいえ設立時(1969年)にはインディーズという言葉自体がなかったために“マイナーレコード”と呼ばれていたが。URCは高石ともや、岡林信康、五つの赤い風船、加川良などを擁し、社会に対してメッセージを放つ「関西フォーク」を標傍していた。

 エレックは69年に設立されたマイナーレコードだが、吉田拓郎、泉谷しげる、古井戸、佐藤公彦(ケメ)などを擁し、ヒット曲を出し人気者を作ることによって「フォークの大衆化」に貢献した。

 一方、ベルウッドは、マイナーでもないメジャーでもない特殊なレーベルだった。なぜかというと、キングレコードというメジャーの中に72年に設立されたからだ。その意味では、マイナーとメジャーの良さをあわせ持っていたということだ。当時ベルウッドを立ち上げた三浦光紀プロデューサーは言う。

 「新しい日本の歌(ニューミュージック)を作る場が必要だと思い、72年春にベルウッドを設立します。ぼくの役割はアーティストが持てる力を十分発揮できる場と仕組みを作ることであり、人材はそれにふさわしい最高の人を集めようと考えました。既存の会社ではなく、自分のレーベルを作らないとできないことでした」

 そんな理念の下に三浦さんが集めたのは、小室等と六文銭、あがた森魚、はっぴいえんど、山平和彦、高田渡、加川良、遠藤賢司、などフォーク史にさん然と輝くアーティストたちだ。

 彼らに共通していることはフォークという新しい表現方法で当時のミュージックシーンに新風を送り込もうという志を持っていたことだ。結果的にこれが現在のJ−POPの源となるのだ。

 このベルウッドが作った宝ともいうべきカタログが、ベルウッド創立40周年特別企画のCD全40タイトルとして蘇った。

 三浦さん総監修で新規ライナー付き、各1500円(2枚組のみ2000円)という求めやすさ。中でもおすすめは山平和彦のファースト・アルバム『放送禁止歌』だ。

 その名もズバリの表題曲『放送禁止歌』は放送禁止歌に指定され、アルバム収録曲の『月経』『大島節』はわいせつと判断された。このアルバムは発売後即回収、その後『途中』と改題し、曲も差し替えて再発された。それが40年の時を越えて、オリジナルバージョンで初CD化されたことは画期的なことである。

 「当時は時が経てば経つほど評価される、価値が上がるものを理想としていました」

 熱い志が今、結実した。(音楽評論家・富澤一誠)

 

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