「夫婦舟」ヒットで涙の日々…三笠優子、誰にも言えない秘密

★演歌歌手 三笠優子

2012.11.30


結婚や子供は御法度だった時代にミリオンセラーを送り出した三笠優子(永瀬白虎撮影)【拡大】

 「ファンの方からお子さんを抱っこした写真を頼まれると、上手に抱いたら子供がいることがバレると思って、わざと下手に抱いたり……。あの頃はお酒飲むと、泣いてばかりいました」

 デビュー3作目の『夫婦舟』がミリオンヒット。1982年に同曲が日本レコード大賞ロングセラー賞に輝いた三笠優子(63)。

 遅咲きのヒット歌手の栄光の影には、誰にも言えない秘密があった。

 「今はアイドルでも恋人がいることを公表できる時代ですけど、昔は厳しくて。デビューするとき、当時の事務所社長から『結婚して旦那、子供がいることは口外しない』という約束をさせられて。私自身、売れると思っていないから、軽く考えていたんですね」

 ところが『夫婦舟』が空前のヒット。以後もヒットが続き、結婚歴、3人の子供の存在は言うに言えない状態となった。

 「元社長は自分の子供の写真は常に持ち歩いていて、人にそれを見せびらかすんです…それが一番悔しかった」

 ミリオン歌手となれば、それに見合う収入も得たと思うのだが。

 「デビューから10年はお給料が月20万円。これには家賃も衣装代も込みでした。生活に関してはクラブ歌手時代の貯えがあったので何とか。10年目で50万円になりましたけど、その後は独立するまで同じで」

 後日、当時の営業ギャラが1本200万円だったと知る。月10本以上営業がある時代。事務所社長は豪邸を建てるが、相変わらずの賃貸マンション暮らしが続いた。

 「その他、色々な問題もあって、独立しようと決断したんです。すると元社長は『週刊誌に隠し子がいることを売る』と言い出して……」

 そのとき力になってくれたのが、実娘のように可愛がってくれた吉本興業・林正之助会長だった(1991年死去)。

 「会長に相談すると『そらぁ、あんた美談でっせ! そんなもん自分から言いなはれ!』と。独立問題も会長が尽力くださって解決してくださいました。大恩人です」

 現在、子供たちも成長し、孫はすでに大学生に。

 「振り返ってみれば私の苦労は苦労じゃないですね、自分のためですから。今はもうスッキリして、怖いものがなくて逆に困ってます(笑)」

 ■みかさ・ゆうこ 1949年、愛媛県生まれ。博多のクラブ歌手時代に自主制作した『洞海湾の竜』が話題となり77年にメジャーデビュー。79年『夫婦舟』が100万枚を超えるヒットとなり、以後ヒット曲多数。今年5月に「世間さま」をリリース。大衆演劇の第一人者・松井誠とのコラボレーション公演が12月18日、野方区民ホール(中野区)で行われる。

 問い合わせはMAKOTO((電)03・5327・8978)。詳細は三笠優子公式ブログ『優子の花暦』でも。

 

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