勘三郎さん、華麗な女性遍歴 花形役者らしく“騒動”も粋に

2012.12.05


女性との共演も多かった。映画「やじきた道中 てれすこ」のPRで共演の柄本明(左)、小泉今日子とニューヨークに立つ勘三郎さん=2007年7月【拡大】

 明るい人柄と、歌舞伎の枠を越えた幅広い活動で多くの人に親しまれてきた中村勘三郎さんが57歳の若さで亡くなった。芝居だけでなく、数々の女性遍歴などで芸能界やワイドショーでも“主役”だった。スキャンダルに見舞われても、当代一の色男の周囲は、なぜか温かな雰囲気に包まれていた。

 梨園の名家に生まれ、幼い頃から映画やミュージカルに出演してきた勘三郎さんは“モテ男”を地でいっていた。最初の浮名は19歳のとき、相手は12歳も年上の女優、太地喜和子さん(1992年死去)だった。

 交際は勘三郎さんの父も公認するほどオープンなもので、神奈川・箱根にあった中村家の別荘に、太地さんが車を乗り付けるなどしていた。しかし、太地さんとの交際も数年で終わる。激しい気性で知られた太地さんとは、室内の物を投げ合う壮絶なけんかもしていたという。

 その後は、清純派女優として人気の吉沢京子(58)とも噂が持ち上がったが、大騒動となったのが、宮沢りえ(39)との“不倫騒動”だった。

 りえは92年に貴花田(現在の貴乃花親方)との婚約を発表したが2カ月後に婚約を解消。その後も常に芸能マスコミにマークされていたところ、94年になって勘三郎さんとの親密な関係がクローズアップされた。りえが自殺未遂する騒ぎともなったが、「人間関係に悩んでいたりえが勘三郎さんに相談していた。それを人情肌の勘三郎さんが親身になって受けていたところ、親密になったようだ。発覚後も友人としてりえの相談に乗っていて面倒を見ていた。決して世間に指弾されるようなものではなかった」(演劇関係者)。

 2006年には女性誌で米倉涼子(37)との“密会”がスクープされた。このときは、居酒屋デートしている2人の間に、勘三郎さんの妻、好江さんが入ってきて修羅場になったと伝えられた。これを勘三郎さんは「ばかばかしい。付き合うわけないよ」と、米倉と市川海老蔵(34)との関係をわざわざ挙げて交際を否定した。

 芝居と関係ない話題で会見に臨むことも多かった勘三郎さんだが、報道陣へのリップサービスも忘れず、ユーモアも交えて会見場は温かい雰囲気に包まれることが多かった。2010年6月に、勘三郎さんが出演する「赤坂大歌舞伎」の制作発表会見が行われた際、勘三郎さんは当時、同じ劇場で米倉主演のミュージカルが上演されていることに「米倉さんと勝負」と胸を張り、見出しになる言葉が欲しい芸能リポーターとの“あ・うんの呼吸”で会見を盛り上げた。

 色も艶もあった。昭和−平成を駆け抜けた花形役者の持ち味だった。

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