列島で猛威をふるった台風18号が接近する15日、東京・渋谷のオーチャードホールで、冨田勲作曲「イーハトーヴ交響曲」を聴いた。演奏は河合尚市指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。慶応や聖心女子大の合唱団、少年少女合唱団、そして初音ミクが加わる大所帯だ。
曲は宮沢賢治の世界がモチーフ。シンセサイザーの草分けでもある冨田さんのライフワークだ。土のにおいのする郷愁たっぷりの音の塊が、管弦楽をまとって空想の国・イーハトーヴへと誘う。
「風の又三郎」の一節も引用されている。〈どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ…〉。男声、女声の合唱が重なりあい、強風が襲う様子が音楽になる。
81歳の冨田さんは、しっかりした歩調で舞台に上がり、演奏前に興味深い説明をした。
「小学3年の頃、台風が来るとワクワクした。大人たちは経済的なことなどを考えるわけですが、当時は富士山レーダーも気象衛星もない。風がどんどん強くなってきて初めて学校から『台風だから帰りなさい』と言われるわけです」
「帰り道の橋が壊れかかっていてね。早く渡った方がいいか、ゆっくり渡った方がいいかって迷い、結局3、4人ずつで走って渡った。無事だったが、翌朝見たら橋が落ちていました」
自然への畏怖と子供心。四季の災害と隣り合って生きてきた日本を実によく表わしていた。
若者に人気のボーカロイド(人工音声)のアイドル、初音ミクを起用したのも冨田さんの英断だ。時に、か弱く、危うげなミクの声と最新技術でオケと同期した動画が、賢治ワールドと妙にマッチ。イラストレーター、KAGAYAによる銀河鉄道のアニメーションがサプライズ演出で華を添えた。 (中本裕己)