毬谷友子 立て板に水を流すようなセリフ回しが気持ちよい

2013.10.10


中村雅俊【拡大】

 1980年代半ば、六本木のバー『アプリコットハウス』で、店のママのきよ彦さんに毬谷友子さん(トンコ)を紹介された。丁度、その数日前に観た、斎藤晴彦さんや林隆三さんの『三文オペラ』(佐藤信演出)の舞台でその名前を知ったばかりだった。

 その後、きよ彦さんに頼まれて何度か相談に乗り、87年2月に『今夜は最高!』(日本テレビ)へ出演した。宝塚当時から定評がある歌の上手さに驚かされた。

 88年、シアター・アプルに中村雅俊主演のミュージカル制作を頼まれ、音楽監督の渋谷森久さん経由で、脚本演出を前年の『アメリカン・バラエティ・バン!』脚本のラリー・ビルマンさんに依頼した。ラリーさんは無声映画時代からハリウッドで活躍した男優、早川雪洲のミュージカル化を提案し、ぼくも日本人側として脚本と詞作りに加わった。

 雅俊さんとトンコ演じる妻の鶴子以外の十数人はニューヨークでオーディションした米国人で、台詞の9割は英語だった。英語好きな雅俊さんを向こうに、トンコは英語の台詞を克服した。その努力は89年の芸術選奨新人賞で報われた。ぼくは、お父さまの劇作家、矢代静一さんが開いた身内だけの祝宴で「南国酒家」に招かれた。その上、矢代先生は実家である銀座吉野靴店の商品券まで下さった。

 とにかく、トンコは歌が上手い。その上、台詞を喋らすと、聴く耳に気持ちいい歯切れの良い流暢な日本語を聞かせてくれる。だから89年に『贋作・桜の森の満開の下』(野田秀樹脚本・演出)に出演した時の、野田戯曲特有の長台詞は、立て板に水を流すような気持ちよさがあった。

 それに引き換え、普段の会話ときたら、横板に水飴といっていい。いい年した大人がと思うくらい舌足らずなのである。この喋りは可愛く映る時もあるが、同性にとっては、男性に甘えているようで不快に思えたらしい。

 野田芝居以来、90年には『東京上空いらっしゃいませ』(相米慎二監督)、『夢二』(鈴木清順監督)と立て続けに主演女優の位置で映画出演をした。毬谷ブーム到来かと思わせたが、たまたま、共演した女優さんがバーなどでトンコの悪口を言っているのを耳にした。あの口調が、監督や共演男優に可愛がられるが、共演女優に嫌われるというその後の風評の原因になったのだと思う。

 96年に、ウディ・アレンの初期の戯曲を『もう一度、ボギー』と題して翻訳・演出した。ウディ・アレン的な主役を小堺一機さんに、ダイアン・キートン風なその相手をトンコに、その夫に勝新太郎さんの息子の雁龍太郎(現・鴈龍)さんを配した。これがトンコとの3回目の仕事になり、以来、食事を数回したくらいで仕事はしていない。この3作とも、自身のブログにはまったく登場しないのが寂しい。

 矢代先生が書き下ろした良寛の一生を描いた一人芝居『弥々』も、この夏で21年目になった。2枚の襖に華麗な筆さばきを実演する。そのさばきも書も、年々、本物になってきた。ライヴでは弾き語りでエディット・ピアフを歌う。

 表舞台は少なくなったが、毬谷友子は相変わらず止まらない。ままならない世間など、良寛とキリストを信じるトンコにとってはまさに俗世なのだ。(演出家)

 ■毬谷友子(まりや・ともこ) 本名・矢代友子。父は劇作家の矢代静一。母は元女優の山本和子。姉は女優、矢代朝子。従姉に女優、えまおゆうがいる。雙葉学園高校卒。1980年、宝塚音楽学校卒業。85年、宝塚退団。『贋作・桜の森の満開の下』(野田秀樹脚本演出、89年)、『夢二』(鈴木清順監督)等、舞台や映画で活躍。父の戯曲『一人芝居 弥々』をライフ・ワークに。来年2月13〜16日、東京芸術劇場シアターイーストでの『障子の国のティンカーベル』(野田秀樹脚本、マルチェロ・マーニ演出)に出演。

 ■高平哲郎(たかひら・てつお) 1947年1月3日東京生まれ。一橋大学社会学部卒業。テレビの構成や芝居・ミュージカルの脚本翻訳演出等を手掛ける。現在、シャンソン歌手・西山伊佐子のリサイタル第5回『心はパリ』(名古屋アートピアホール・16日午後6時半開演)のリハーサル中。

 

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