元グラドル・緒方かな子、原因不明の不整脈で死を覚悟… 芸能界引退後は絵画の道に

★緒方かな子

2013.12.20


美ぼうはそのまま、画家の才能も発揮中(撮影・永瀬白虎)【拡大】

 「真冬の夜、みぞれが降っていて…。そんな天候のなか、ビキニでビルの屋上にあるプールに『じゃあ、膝まで入ってくれる』とカメラマンさんに言われて…。歯をガチガチ言わせながら、グラビア撮影しましたね、もちろん笑顔で」

 笑いながらグラビアアイドル時代を振り返るのは、1990年初頭に大活躍した緒方かな子(旧芸名・中條かな子)。

 当時は、元気がウリの女のコだった。

 「翌日、高熱が出たんですけど、休みませんでした。なんでも我慢しちゃうタイプなんです。アイドル時代は、たとえ熱が40度あっても現場に穴をあけませんでした。唯一休んだのは、20歳のころ、髄膜炎で緊急搬送されて、緊急入院したときぐらいかな」

 96年に広島東洋カープの緒方孝市外野手(現・カープ一軍打撃コーチ)と結婚し、芸能界を引退した。その後、絵筆を取る。

 「前から絵は好きだったんですが、結婚してから本格的に描くようになりました。最初は自己流で、そのうち、日本画や油絵を先生について習うようになって」

 98年に二科展に初入選。白日会展には2011年から3年連続して入選している。趣味レベルではない本格派だ。

 「ただ、末の子を産んだあとぐらいから原因不明の不整脈になってしまって。自分ではなんでも楽しんでやっているつもりだったんですけど…知らぬ間にストレスが蓄積していたんですね」

 1分間の脈拍が200を超える異常な状態が続いた。「絵を描いているときも『これが最後の作品になるかもない』って思って。自分を全部表現しよう! って、なんか常に命がけでした」

 2年前、足の付け根からカテーテルを入れ、心臓内部の不整脈の原因となっている部位を高周波電流で焼き切る手術に挑んだ。

 「そうしたらウソみたいに元気になって! 立ち続けて絵を描いていてもつらくないんです。健康を取り戻したことに涙が出ました」

 最新の入選作品は術後に描いた100号の大作だ。

 作品と並んでの撮影前に、「ご自身がモデルですか?」と聞いたところ、「いえ、これは高校1年の長女がモデルです。デビュー当時の私によく似ていると言われるんです。あのころですよ」。

 17歳でデビューした当時に取材をしているが、そのときの彼女を思い出した。美しいお母さんになったなぁ、かなちゃん! (永瀬白虎)

 ■緒方かな子(おがた・かなこ) 1973年3月4日、広島県生まれ。90年、中條かな子の芸名でデビュー。「桜っ子クラブ」(テレビ朝日系)さくら組メンバーとして人気に。数多くのグラビアを飾り、学園祭の女王の異名も。97年に第1子となる長女を出産。現在は3児の母。その後、広島を中心にタレント活動を再開。「金曜夕方どぉ〜かいの」(NHK広島ラジオ)出演中。22日まで初個展を銀座・画廊宮坂(中央区銀座7の12の5 銀星ビル4F)にて開催中。

 

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