欽ちゃんの ど〜んと本音で語ってみよう “代名詞”欽ちゃん走りは…

2014.03.07


今年で活動50周年を迎えた萩本欽一(撮影・taro)【拡大】

 東京五輪が開かれた1964年にコメディアンとしてデビューし、今年で活動50周年を迎えた萩本欽一(72)。「完璧な動きの笑いができなくなった」と、軽演劇の舞台から引退するという。「動きの笑い」は本当に見納めになってしまうのか。“欽ちゃんワールド”の原点とホンネを熱く語ってもらった。

 東京・日本橋浜町の明治座で7日初日を迎えた“欽ちゃん劇団”公演THE LAST「ほめんな ほれんな とめんな」は通算6回目にして最後の公演となる。

 舞台は2003年、坂上二郎さんを「アンタも動けなくなっちゃうんだから、動けるうちに思いっきり動く舞台をやっていこうよ」と誘い、コント55号として“復活”したことがきっかけだった。

 66年に結成したコント55号はテレビ画面からはみだす全身を使った動きの激しいコントがウケて人気はうなぎ上り。70年代は「欽ドン!」で歌手や俳優などの才能を見抜き、素人を多く起用した。「芸人が芸をしないようにするには素人を入れることだったの。芸人はすごいぞ、というのを消しまくってくれるといいのね。修業をした人はテレビに必要じゃないんですよね」

 80年代、欽ちゃんの番組は当たり続け「視聴率100%男」と異名をとったが、少しずつテレビの世界から遠ざかった。「テレビは浅くて軽いんですよ。テレビは技がとれない怪しげなヤツ。人間の表情やウソの言葉も捕まえちゃう。テレビで困ったのは芸人と政治家じゃないんですか」

 テレビには芸はいらない。「でも、軽演劇こそ、これからのテレビに必要なんじゃないかなと思って明治座公演を始めたのよ」

 軽演劇の火を消すまいと奮闘してきたが、今回で引退。「跳んで走って…。波を打つとか、壁がブチ破れそうな大きな笑いは、ブッ倒れるほど全身を使わないとできない。ナマの舞台じゃなければできないですからね。仲間が見にきて『大将、いつもだったらもっと動くのに』って言うのよ。違うの、ピタッと息が切れて止まっちゃうの。気づかないお客さんに知らん顔でやるなんて偽装食品と同じ。ボクは裏切り行為がイヤなもんでネ。ちょっと悔しいね」

 舞台狭しと動き回る欽ちゃん走りは見納めになってしまうのか。「端から端に走るんじゃなくて、不満がちに七分で止まってしまうかな。ボクは軽演劇を残さなきゃいけないと故郷に戻ってきたの。手を振って『ありがとね』と言いたくてね。昔からのコメディアン、芸人という魂を置いておかないと、日本中に動いて笑わせるということがなくなってしまうからね」

 軽演劇への情熱を明治座に残し、新しい夢へと向かう欽ちゃん。「次は何を始めようか考えてはいるんだけど、口に出すといつもダメになっちゃうの」。笑いの天才には終わりはない。 (高山和久)

 ■欽ちゃんと明治座…2003年2月、浅草の軽演劇の継承を目的に明治座公演をスタート、コント55号健在を印象づけた。通算6回目の公演は「欽ちゃん奮闘公演 THE LAST『ほめんな ほれんな とめんな』」と銘打って30日まで開催。作は秋房子(ふさし、萩本の筆名)と君塚良一。演出も萩本。2月11日にプロレスラーを引退したばかりの佐々木健介が初舞台を踏む。ほかに田中美佐子、的場浩司ら。

 

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