演歌歌手・森山愛子 シンデイ・ローパーの太鼓判で修業の成果を実感できた

★演歌歌手 森山愛子

2014.07.18


森山愛子(撮影・永瀬白虎)【拡大】

 「毎週、宇都宮から、東京へ出てくる楽しみはありましたが、内心は不安だらけ。歌手になれる保証もなく、いつ(師匠の)水森(英夫)先生から『もう来なくていいよ』と言われるか…」

 抜群の歌唱力で人気の演歌歌手、森山愛子(29)。今年5月で歌手生活10周年を迎えた。だが、デビュー前の3年9カ月にわたる修業期間は、将来への不安との闘いだったという。

 「一緒にレッスンしていた門下生にも、『君は向いてない』と言われて辞めていく方が大勢いました。それでも諦めきれなくて、他の先生のところに行く人も。私は先生にダメだと言われたら、歌手への道は諦めようと思っていました」

 介護福祉士・ホームヘルパー1級の資格を持っており、もともとは福祉系の仕事に就くつもりだった。「歌手になることは、子供のころからの淡い夢。でも、もし歌手になれる運命なら、どんな道に進んでも絶対に歌手になれるだろう、と信じていました」

 運命に導かれるように見事、04年にデビュー。新人賞も受賞し、翌年には「王様のブランチ」に出演。演歌歌手キャラで知名度を上げた。

 「最初は、リポーターの仕事に興味が持てなかった。私は歌手。もっと歌いたいと。インタビューも苦手で、いつもディレクターさんから厳しく指導を受けていました」

 そんな彼女の歌唱力を一気に知らしめたのが、番組にゲスト出演した米国の人気歌手、シンディ・ローパーとの共演だった。「実は、シンディさんのことを知らなかったんです。前回のロケで、やはりディレクターから厳しい指導を受けた後だったので、とても気の重い現場でした」

 シンディにも歌ってもらう交換条件で、彼女は歌う。曲は、昨年発売された10周年記念アルバム「愛」(ユニバーサルミュージック)にも収録されている童謡「赤とんぼ」。

 その美しく力強い歌声に、シンディも感涙したほどだった。

 「発声の技術が素晴らしかった、と言っていただきました。水森先生のレッスンはまず発声が基本だったので、修業が役立った瞬間でしたね」

 趣味を聞くと、しばらく悩んで『歌うこと』という答えが返ってきた。

 「2歳のときには、母が車の中で聴いていた北島三郎さんの『関東流れ唄』を歌っていたそうです。以来、好きなのは演歌。母の影響で男歌が好きですね。今、一番の夢は自分のヒット曲です。もしヒット曲に出会える運命なら、必ず出会えるはずですから」

 このまま演歌の道を突き進んでほしい!  (永瀬白虎)

 ■森山愛子(もりやま・あいこ) 1985年1月27日、栃木県宇都宮市出身。2000年、高校1年のときに、「ルックルックこんにちは」(日本テレビ系)の女ののど自慢女子高生大会に出場。作曲家、水森英夫氏にスカウトされ、門下生となる。04年、演歌歌手としてデビュー。同年の「日本有線大賞」「日本レコード大賞」新人賞を受賞する。05年から「王様のブランチ」のリポーターとして活躍。昨年11月発売のシングル「忘れないで/骨から泣きたい雪子です」(ユニバーサルミュージック)も好評だ。

 

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