元敏いとうとハッピー&ブルーボーカル・森本英世 デビュー3年待ったのに…

★元敏いとうとハッピー&ブルーボーカル 森本英世

2014.09.19


ムード歌謡を支えた森本。夜の街がよく似合う(撮影・永瀬白虎)【拡大】

 「1万5000人の中からオーディションで選ばれたけど、3年はレッスンだけの毎日でした」。森本スタイルと呼ばれる独特の歌唱法で、ムード歌謡を世に知らしめた存在。そんな彼にも逆境時代があった。

 「あとから入ってきた人が先にデビューしていく。若さゆえの焦りがありましたね。いつになったら世に出れるんだと。ただ、その3年がなければ、私の歌手人生はなかった。ボイストレーニングで声量をつけ、初見で楽譜が読めるのも修業のおかげ」

 ポピュラー系でデビューと思っていたが…。「突然演歌でデビューと言われ、歌い方も演歌調に直されて…。でも必死でした。事務所もレコード会社もイチオシ。レコーディングではブース越しに重役陣がズラリ」

 ディレクターからは、泣くように歌えと厳しい注文が。「必死に泣くように歌うんですが『何、笑ってんだ!』と。泣きが甘い、色気がない、と随分言われました」

 1969年、大竜二に改名しての「花街ブルース」は約10万枚をセールス。71年に現在の芸名に改名し、久世光彦氏プロデュースで「恋祭り」をリリースも、大ブレークには至らない。そんな時、敏いとう氏から誘いを受けた。「多くの方に相談しましたが、答えは全員同じで『絶対にやめろ』でしたね」。2年にわたり勧誘は続き、敏氏に一度会うことに。

 「とにかく風呂敷の広げ方が半端じゃなく、素晴らしいことを言うけど、3分後には、嘘だとばれる。でも、妙なバイタリティーにあふれていて、この人にかけてみようかと思ったんですね。ひらめいたんです」

 参加翌年の74年、「わたし祈ってます」が150万枚の大ヒット。83年に脱退し、ソロ活動へ。コンサート活動はますます盛んだ。22日には「秋いろコンサート2014」(日本橋公会堂、昼の部午後1時開演/夜の部午後6時開演)が控える。

 「来年でデビュー45周年。歌は僕の財産ですから」。これからも甘い歌声を聴かせてほしい。 (永瀬白虎)

 ■森本英世(もりもと・ひでよ) 1949年1月11日、大阪府出身。65年、渡辺プロダクション新人オーディションに合格。69年に新田洋の芸名でアニメ「タイガーマスク」主題歌でデビュー。73年、渡辺プロを退社し、敏いとうとハッピー&ブルーに参加。「わたし祈ってます」「星降る街角」「よせばいいのに」とミリオンセラーを連発する。

 最新アルバム「森本英世昭和ロマンをうたう」も好評。「秋いろコンサート2014」(日本橋公会堂・HP=http://www.nihonbasikokaido.com/)は、主催・タイヘイプランニング((電)03・3631・9290)まで。

 

注目情報(PR)

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

毎日25分からのオンライン英会話。スカイプを使った1対1のレッスンが月5980円です。《体験無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

自分らしく人生を仕上げる終活情報を提供。お墓のご相談には「産経ソナエ終活センター」が親身に対応します。