『ダイエー』の名が消える、いよいよ昭和も遠くなった (1/2ページ)

2014.10.08


ダイエーの看板が消える!【拡大】

 私が早稲田実業を卒業したのは1968(昭和43)年3月。当時は商業高校だったこともあり、就職志望の同級生の間で『ダイエー』はすごい人気だった。皆、「これからグングン伸びていく企業だ」「いよいよ日本にもアメリカ型のショッピング・センターができたんだね」と言い合っていた。現在でいうと、ソフトバンクやグーグルのような最先端の憧れの企業だった。

 関西生まれの総合スーパー『ダイエー』が東京に進出したとき、私が最もスゴイと思ったのは、駐車場がバカ広かったこと。築地育ちの私は、子供のころから銀座の松屋や三越、松坂屋に親しんでいたが、こういったデパートとは別のアメリカっぽさを感じていた。

 その後、早実の敬愛する王貞治先輩が福岡ダイエー・ホークスの監督に就任したことで、さらに親しみを持った。このころ、私は創業者の中内功さんをインタビューしたことがあるが、本社ビルが意外に地味で、びっくりしたことを覚えている。

 −−『ダイエー』の名前が2018年をメドに消えるという。1957年、中内さんが創業し、72年には小売業界で売上高日本一、80年には小売業初の売り上げ1兆円を達成した。しかし、バブル崩壊と長い消費低迷で業績は悪化し、経営多角化の失敗もあって、有利子負債は2兆円超に膨らんだ。04年に産業再生機構の支援を経て、今回、『イオン』の完全子会社となることで屋号も消えることになった。

 『ダイエー』がどんどん規模を大きくしていた78年、『泥棒市場』という店が創業された。総合ディスカウントストアを全国展開する『ドン・キホーテ』の前身だ。

 

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