唯一無二の演奏でヒット曲たたき出す「HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ−POP伝説〜 青山純追悼スペシャル」

★「HIT SONG MAKERS 〜栄光のJ−POP伝説〜 青山純追悼スペシャル」(BSフジ、20日午後7時)

2014.12.16


80年代以降、日本のミュージックシーンに確実なビートを刻んだ青山純さん【拡大】

 歌謡曲でもない、演歌でもない、新しい日本のポピュラーミュージック“J−POP”。今もなお色あせないヒット曲が生まれた時代には、類いまれな作曲家や作詞家たちがいた。番組では、往年のヒット曲を作り出したヒットメーカーたちにスポットを当て、その全貌に迫っている。

 今回は、昨年12月、肺血栓塞栓症のため、56歳の若さで亡くなったドラマー、青山純さんを特集する。青山さんは、特に1980年代から90年代にかけて、山下達郎のレコーディングやライブ活動を支えたレギュラードラマーとして有名だ。

 山下だけではない。B’zやMISIA、今井美樹ら、数えきれないほどのJ−POPのレコーディングやライブで唯一無二の演奏を聴かせていた青山さん。「赤道小町ドキッ」「セーラー服を脱がさないで」「壊れかけのRadio」…。誰もが聴いたことがある曲ばかり。実は、すべて青山さんがドラムをたたいているのだ。

 番組は、多くのミュージシャンの言葉をつないで、彼の横顔を浮かび上がらせていく。小学生のころの青山さんを知るミュージシャン、杉真理は「人をのせることのできる、力があるドラム」と評する。のちに同じバンドで活動するベーシストの伊藤広規は「おかずもしっかりたたくことのできる、いいドラム」と話す。

 意外な素顔もみせる。アマチュア時代には、プログレッシブ・ロックのコピーバンドをしていたという。好きなバンドはジェネシス。それだけで、うれしくなってしまう人もいるのでは。

 打ち込みのサウンドが主流の今、青山さんのたたくリズムを聴くと実に心地よい。たくさんのヒット曲を青山さんがたたいていたのではない。青山さんがたたいたから、ヒット曲になったのでは。ミュージシャン仲間たちの言葉が積み上がるほど、そう思えてきた。

 しかし、ドラムという楽器で、ここまでさまざまな表現ができるとは。ぜひ、番組で体感してほしい。 (F)

 

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