【知られざる海難1890秘話】困難極めた映画完成までの道  (1/2ページ)

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2015.11.21


トルコとの友好120周年を記念して、串本町には建国の父であるアタトゥルク像が建立されたほどだ【拡大】

 1890年9月16日、和歌山県沖で沈没したトルコ軍艦の乗組員を地元の人々が救出した「エルトゥールル号海難事故」。12月5日公開の「海難1890」は、この事故を通じ、日本とトルコの深い絆を描いている。しかし完成までの道は長く険しかった。田中光敏監督が3回にわたり、その舞台裏を明かす。

 きっかけは1通の手紙だった。10年前、大学の同級生だった串本町の田嶋勝正町長からの手紙には、海難事故を映画にしたいとあった。

 「文末には、だけど町にはカネがないと。調べてみると、確かにいい話だし、この話は伝え残すべきだと思いました。でもボクも映画の難しさは知っています。ヒットするかどうか…。だから1年後、町長には無理だと伝えたんです」

 しかし、可能性は「1%だ」と答えた。0%としなかったのは、映画人としての自分への悔しさだった。

 「でも、町長の熱意に打たれて、結局ボクも船に乗った。問題は資金集め。町長には、日本だけでなく、トルコにも協力を求めて、負担を軽くしようと説得しました」

 そのためには、まず日本国内から動かす必要があった。事故から120年を迎えた2010年、串本町で行われた慰霊式典の会場で、参列した企業のトップに企画書を配りまくったのだ。

 「ここで1社も動いてくれなければ、あきらめよう。その覚悟でした」

 その思いが届いた。ある大手自動車会社のトップから声がかかった。「当時、経営は決して楽ではなかったはず。しかし、仕事のパートナーとしてのトルコへの信頼があったから、支援につながったんです」

 

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