【発掘!流行り歌 徒然草】“コンテスト少女”がスターに開花 映画主題歌に採用 石嶺聡子「花」(1995年) (1/2ページ)

2016.05.31

透明感のある声が印象的だった石嶺聡子
透明感のある声が印象的だった石嶺聡子【拡大】

  • <p>石嶺聡子「花」(1995年)</p>

★石嶺聡子「花」(1995年)

 1992年、長崎歌謡祭の予選で石嶺聡子の歌を初めて聞いた。

 高校2年生にしては、透明感のある澄んだ声と、しっかりした音程と歌唱。何とも言えない哀愁感に魅了され、直感ですぐに楽屋を訪ね、スカウトした。決勝戦後では他社にもっていかれると思ったからだ。

 決勝に残った石嶺は「石狩挽歌」を歌い、グランプリを取ったのだから最高の気分だった。

 幼いころから、歌好きの父親の指導を受けるうち、歌手を目指すようになったという。ちびっ子歌合戦からはじまり、さまざまなコンテストに挑戦し続けた戦果として、自宅の居間には多くのトロフィーが並んでいた。

 高校卒業後に上京すると間もなく、ボーカルと英会話のレッスンのため、米ロサンゼルスに留学させた。シンガー・ソングライターめじろ押しの当時のポップス界では、歌がうまいだけでは話題性に欠けるため、アーティスト性の要素を備えさせたかったのだ。

 1994年、「土曜日とペンと腕時計」でデビュー。TBSの情報番組「ブロードキャスター」のエンディングテーマに決まり、幸先のいいスタートをきった。

 彼女はプロダクションに所属せず、レコード会社内でマネジメントするスタイルをとった。レコードとライブの2本立てに絞って育てたかったのだ。しかし、番組のブッキング力がなく、露出度には苦戦した。

 

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