【歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】異質な曲調に最初は抵抗も… ペギー葉山さん、不動の地位得た「南国土佐を後にして」 (1/2ページ)

2017.05.19

ジャンルを超えた歌手だった
ジャンルを超えた歌手だった【拡大】

  • <p>ペギー葉山さん「南国土佐を後にして」</p>

 4月12日、ペギー葉山さん(享年83)が死去された。「ドレミのうた」や「南国土佐を後にして」は今も歌い継がれている。

 戦後の歌謡曲の夜明けは1955年あたりか。水原弘の「黒い花びら」スリー・キャッツの「黄色いさくらんぼ」、フランク永井と松尾和子の「東京ナイトクラブ」、そしてペギーさんの「爪」といった洋風の歌が生まれ、ジャズをベースにロマンチックなテイストを利かした新しい流れを作った。

 ペギーさんは33年、東京・四谷に生まれた。声楽を学ぶため音大を目指していたが、青山学院女子高等部2年の時、米映画「我が道を往く」で歌手で俳優のビング・クロスビーが歌う「アイルランドの子守唄」に感動し、ポピュラー転向を決意。進駐軍のキャンプで歌い、戦後ジャズブームの中で実力、人気のあった渡辺弘とスター・ダスターズの3代目専属歌手になった。

 52年に「ドミノ/火の接吻」でデビューすると、マイルドな声と清潔感あふれるお洒落な個性が相まって新時代のスターとなった。

 そんな中、本人の意向とは全く異質の曲が舞い込んだ。それが「南国土佐を後にして」だった。

 これは四国出身の兵士「鯨部隊」が歌い継いでいた曲で、NHK京都和洋管弦楽団の指揮者だった武政英策が軍歌調からきれいなメロディーに仕上げた。

 
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