【元気のヒミツ】鶴岡雅義さん 75歳の今も疲れ知らず

2009.09.24


鶴岡雅義さん【拡大】

 「二人の世界」「小樽のひとよ」「君は心の妻だから」…。日本の歌謡シーンに初めてレキントギターを取り入れ、その哀愁溢れる音色を最大限に活かした数々の名曲を作り出してきた鶴岡雅義さん。75歳の今もステージに立ち、昔と変わらぬテクニックで聴衆を魅了する元気のヒミツは?

【欲求のままに!?】

 「1回のステージは約2時間。昼夜2回公演でもなぜか疲れないんです。長野あたりでのコンサートなら東京から自分で車を運転して行くんですが、公演が終わってハンドルを握ると、不思議と背筋がシャンとする。運転しているとかえって疲れが取れますね」

 食事は長年にわたって遅い午前と夕方6時頃の2回制を遵守。時間を守るというより、「食べたい」という欲求に従うようにしているという。

 「楽屋に弁当が届くと、みんないっせいに食べ始めるんですが、私はその時に食べたくなければ食べない。あとで1人で食べているところを事情を知らない人が見ると、疎外されているように見えるらしい(笑)」

【ロマンチカ宴会部長】

 家での晩酌は缶ビール1、2本だが、地方公演の打ち上げなどでは、最後まで付き合う真の酒豪。

 「ウチは三條(正人)が強そうに見えて、じつは酒が飲めない。だから宴席では私がロマンチカ代表なんです。最初はビールであとは焼酎の水割り。何かをつまみながら飲むようにしていますが、あとは特に気を付けていることはないですね。でも、それさえ守っていれば、たとえ朝まで飲んでもベッドに横になるまで変化ナシ。飲みすぎで胸やけとかなんとかというのは、3年に1度あるかないか…」というから恐れ入る。

【サインが書けない…】

 大きな内臓疾患の経験はなく、今も悪いところが見当たらない。医者からは「たまには少しくらい飲み過ぎたほうが…」と妙な指導を受けるほどだが、ひとつだけ気になるのが十数年前にかかった腱鞘炎だ。

 ギタリストの職業病。ひどい時は、サインを頼まれても色紙に1枚書いただけでペンを落とすほど悪化したという。

 「以来、ピックを持って演奏するようなり、症状そのものはだいぶ良くなりましたが、やっぱり自分の指で弾きたいですね。たまにCDで昔の自分の演奏を聴くと悔しくなりますよ」

 ステージやレコーディングがない日も“指慣らし”は欠かさない。ロマンチカ結成の翌年から使っている1番のお気に入りのギターはキズも目立つが、「こればかりは手放せないんです」と目を細める。

 「目を細める」といえば、鶴岡さんの元気のヒミツは、2年前に誕生した初孫の男の子。半ばあきらめていたというだけに、その可愛さは別格だ。

 「たまに遊びに来ると、一緒にいれば楽しいし、帰った後も気が付くとニヤニヤしていたりしてね」

 自身、笑顔の写真はほとんどないというが、今回はお孫さんのことを思い出してもらい、珍しい1枚が撮れました。

【プロフィル】1934年満州生まれ。古賀政男に作曲を、阿部保夫にギターを学ぶ。67年「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」を結成。現在、マヒナスターズ、ロス・プリモス、ロス・インディオスとロマンチカの合同楽曲(来年1月発表予定)で作曲を担当。12月8日には東京・日比谷公会堂でロマンチカの単独公演が決定(問い合わせ「オフィス・ダァグ」(電)03・3505・8484)

 

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