 トレードマークのサングラスに大きな耳、口からこぼれる白い歯…。音楽シーンに一時代を築いたレイ・チャールズさん(AP) |
【ロサンゼルス10日=夕刊フジ特電】ソウル音楽の大御所として知られる米国の天才歌手、レイ・チャールズ氏が10日、肝臓疾患による合併症のため、カリフォルニア州ビバリーヒルズの自宅で死去した。73歳だった。家族に見守られながら、静かに息を引き取ったという。
1930年、ジョージア州オールバニ生まれ。3歳からピアノを始め、6歳の時に緑内障のため失明。赤貧の少年時代を過ごし、「家族は最悪の状態にあった。5歳のとき、母親が使っていた洗濯桶の中で、弟がおぼれ死んだのを見たこともある」と振り返っている。
「母親は全盲でも自分を甘やかすことはなかった」といい、カフェのブギ・ウギ・ピアノ弾きから鍵盤の手ほどきを受け、盲学校でも旺盛な好奇心でジャズ、スウィング、ゴスペル、ブルースとあらゆるジャンルを吸収していった。
 トニー・ベネットさん(右)とロサンゼルスのスタジオで=1986年1月(AP) |
10歳になる前には、すでにフロリダの音楽祭の舞台に立っており、ショパンを弾けるほどの腕前だった。
15歳で最愛の母親を亡くし、母親の友人に引き取られたが、これをきっかけに、プロの音楽家を志し、49年にシアトルでバンド「マクサン3」を結成して、初のシングルを出した。
その後は主にソロ歌手として活動し、ゴスペルとブルースを融合させ、ソウル音楽をつくり上げた。
サングラス姿での情感あふれるピアノの弾き語りは多くのファンを魅了、リズム・アンド・ブルース(R&B)の世界にゴスペルを取り入れた先駆者として、米国だけでなく日本でも高い人気を博し、過去12回もグラミー賞を獲得した。
ジョン・ベルーシとダン・エイクロイド主演で大ヒットした映画「ブルース・ブラザース」にも出演するなど、音楽だけにとどまらない幅広い才能を見せつけた。
代表作は「わが心のジョージア」「愛さずにはいられない」「What,d I Say」など。特に「わが心の−」は荘厳なコーラスに導かれる曲で、日本で最も人気の高いナンバーだった。
 ロサンゼルスの記念式典に出席したレイ・チャールスさん。俳優のクリント・イーストウッドさんらに囲まれご満悦だったが、これが最後の姿になった=4月30日(AP) |
89年には、日本のサザンオールスターズのヒット曲「いとしのエリー」をカバーした「エリー・マイ・ラブ」を歌い、日本のファンに健在ぶりをアピールした。
「ぼくは内側に音楽を抱えて生まれてきたんだ。そうとしか、説明のしようがない」
自身の卓越した才能を、こう表現したこともあった。
私生活では2回の結婚歴があり、7人の女性との間に9人の子供をもうけた。20年間にわたってヘロイン中毒に悩み、65年にはヘロインの不法所持で逮捕。約1年間、カリフォルニアの更生施設に入り、音楽を中断したことも。
最近では4月30日、長い間、レコーディングに使っていたロサンゼルス市内の建物を、市の歴史的建造物として認定する式典に出席。俳優のクリント・イーストウッドらと記念写真に写る際、「今は体が少し弱くなったが、そのうち良くなると思う」と語ったのが、最後の言葉となった。
ZAKZAK 2004/06/11