昨年、大みそかの紅白歌合戦に出られませんでした。正直、メチャクチャ悔しかったっス。「落ちたのは仕方ないな…」なんて思っていると、紅白は、どんどん遠くなっちゃうから、怖い。
事務所の後輩、北山たけしが初出場。オヤジ(北島三郎)は常々、「歌手はな、ステージでは年上であっても年下であってもライバルなんだ。だが、相手にいいことがあったら真っ先に祝いなさい」と。
だから、北山に「頑張れ」と声をかけました。ガチガチだったですけど、自分も昔はこうだったな…と思い、逆に自分に新たに気合をかけ直しました。
過去、紅白に5回落ちて5回這い上がってきた男ですから、1日に出した新曲の「風鈴」(テイチク)で、必ず6回目の復活を果たしたい。いや、果たします。ちなみに、2月1日は僕の誕生日。ここ数年、新曲はこの日のリリースがほとんどなんですが、仕事が入っているから誕生日を祝う会ができないのは寂しいですね(笑)。
作詞作曲して頂いた津島一郎先生は、初めていっしょに仕事をさせて頂いたんです。オヤジが期待している先生で、まだ30代の若い先生です。
初めて歌ってみると、これがまた、なんともなつかしさを感じる曲なんです。僕の曲は旅先で出会う女性の歌が多かったけど、この曲は珍しくいっしょに暮らしていた女性。いろんな意味で新しい挑戦なんで初心に帰り頑張ります。
昨年、社会人野球チーム「山口きららマウントG」を結成し、総監督になりました。父が亡くなって6年経つんですが、生前に「50歳過ぎたら故郷に恩返しをしろ。山口県が育ててくれた歌手なんだから…」と言っていまして。父を亡くして、その一言の重みをぐっと感じたんです。
やはり昨年、萩本欽一さんが野球チームを作ったのをみて、僕にもできるはずだと。歌を歌うこと以外では、野球しかない。夏に都市対抗の試合で東京ドームで君が代を歌わせて頂いたときに、「よし、作ろう!」って決心したわけです。
チーム名の由来は、山口県は何かあると「きらら博」とか使うんです。知事にお会いしたときに、「ぜひチーム名に入れてほしい」と言われ、語呂もいいですし。防府(ほうふ)にある県で一番強いクラブチームを母体に、地元出身の池永正明さん、高木豊さんに手伝って頂いた。女の子も1人、テレビを見て韓国から来てくれた投手もいます。3月25日に、萩本さんのチームと対戦の予定。
僕は「やるときゃ、やるぜ」ていう性格ですからいつも塁が埋まって点を取り合う、見ている方をドキドキさせる野球をやりたいです。
=つづく
■やまもと・じょうじ 昭和25年2月1日、山口県下関市生まれ。42年、早鞆(はやとも)高3年で夏の甲子園に出場。49年に伊達春樹の芸名でデビュー後、北島三郎の所属事務所に入り、53年に本名の山本譲二で再デビュー。55年に「みちのくひとり旅」が大ヒット。翌年、NHK紅白歌合戦に初出場(計12回出場)。平成7年、第37回レコード大賞最優秀歌唱賞を獲得。
ZAKZAK 2006/02/10