オヤジ(北島)さんと初めて会ったとき「何かスポーツをやっていたのか」と聞かれ、「野球をやってました。甲子園に出ました」と言ったら、受かりました。「みちのくひとり旅」が大ヒットしたときにお礼を言うと「最初は歌手にするつもりはなかった。オマエがいればウチの野球チームが強くなるのかな」と。オヤジなりのジョークなのか、とビックリしました。
この歌を演歌の龍ことディレクターの馬渕玄三先生から紹介され「ぜひ、僕の歌に!」と頂いた。フンドシ姿で歌ったのは、「ザ・ベストテン」のディレクターからお願いされ、最初は断りましたが、「譲二さんほどフンドシが似合う日本人はいません!」と。「やるときゃ、やるよ!」って山口人気質で決断しました。
その後、ゲイの人に人気が出まして、(新宿2丁目に近い)厚生年金会館でコンサートをするときは、よく出待ちで大事なところを触られて…。あるとき、マネジャーが「さぶ」という雑誌を持ってきたとき、僕のフンドシ姿が表紙になってました(笑)。
妻とは、歌手生活と同じ32年前に知り合い、結婚まで14年待たせ、本当に苦労をかけました。娘が3人いますが宝物です。父が亡くなり自分以外は男がいなくなったので、「最近はむちゃしちゃいけないなあ」としみじみ思うようになりました。
夢ですか? 自分はまだ発展途上ですけど、いい歌い手を見つけたい。作られた歌手でない。本物の歌手をね…
=おわり
ZAKZAK 2006/02/10