僕はね、そもそも彫刻家を目指してたんですよ。っていうか、彫刻は今もプロとして作品作ってますし、出品もしてるんです。僕の師匠はあの篠田守男ですよ。篠田先生に教わりたくて武蔵美に入ったんですから。
ところが、途中で先生がやめちゃった。そういうところは、ホラ、オレって熱いから、先生のアトリエまで何度も押しかけていって、「先生、ヒドいじゃないですか」って。そしたら、アトリエに出入りするお許しが出て、弟子にしてもらったんです。
それがどっから芝居になったかっていうと、当時つきあってた彼女が唐十郎のファンで、連れられて、ちょくちょく舞台を見に行っていた。
そしたら、あるとき、「状況劇場」のキャスト募集が目に止まって、役者じゃなくても、彫刻やってたから舞台美術もできるかなってカンジで応募したんです。それから、テントの釘打ちやセット作りばっかりやらされて、2年で嫌になって逃げ出しちゃった。
そんときに、僕をとっつかまえて連れ戻したのが同期にいた佐野史郎ですよ。佐野は今でも大親友。あいつは島根の医者の息子でお金持ちでしょ。佐野んちの布団は羽根布団だったから、いつもあいつん家に転がりこんで、そこから稽古場行ったりしてた。あいつの女性関係は全部知ってる(笑)。
あいつは、音楽もやってたし、絵もうまくて、ちょっと芸術家肌のところがあったから、オレと話がよく合った。ちょっと、こじゃれたことをよく知っていて、たとえば、ジンを冷凍庫で冷やすとトロ〜っとしてうまくなるとか、そんなことを随分教わったね。(つづく)
ZAKZAK 2006/11/01