 昨年6月のGSカーニバルでは、リハーサルで熱唱していた |
14日に肝細胞がんのため死去したタレント、鈴木ヒロミツさん(享年60)。その突然すぎる死に、GS(グループ・サウンズ)時代から親交のある仲間は驚きながら、素顔を明かした。
「モップス」時代にギター、ボーカルを担当し、現在はプロデューサーとして活躍する星勝さん(58)は、亡くなる前日の13日、病室を見舞っていた。
「彼の方から、『頑張っているか』という声をかけてくれました。バンドは解散しても、メンバーや、かかわってきた人たちのことをいつも気にとめているような人でした。対面して、話ができてよかったが、本当に急な知らせで、びっくりしています」
出会いを振り返る。
「モップスのメンバー、スズキ幹治が僕の同級生で、そのお兄さんというつながりで出会いました。しわがれた魅力的な声を持っており、すぐれたリーダーシップもありました」。解散後も年に一度はGS時代のメンバーらが集まり、そのたびにヒロミツさんは盛り上げ役を買って出ていたという。
 ザ・モップス時代のメンバー。三幸太郎、星勝、スズキ幹治、鈴木ヒロミツ(左から) |
一方、鈴木さんを兄貴分と慕っていた「オックス」のボーカル真木ひでとさん(56)=写真右下=は、「全く知らなかった」と、訃報に驚いた。
昨年7月に東京・中野サンプラザで行われたコンサートで共演。その際に、「ひでと、おれ、声出ていないよな」と声を掛けられたことが印象に残っているという。真木さんが、「役者と発声が違うから、無理をしているんじゃない? 診てもらった方がいいよ」と応じたが、「あまり病院とか行きたがらない人でしたから…」。
今年7月には、関西のイベントで共演する計画もあったという。「ヒロちゃん、ポリープ手術して出てくるのかな、と楽しみにしていた。冗談でも、尊敬する人の1人にボクを挙げてくれていた。会ったらすぐ握手して、いつも笑顔でした」(真木さん)
元「ジャガーズ」で、現在はイベントを手掛ける森田巳木夫氏(63)は最近会った際の様子を語る。
「やせている風でもないし、気になるようなことはまるでなく、普段通りだった。彼は人当たりがよくて、明るく、後輩思いの方だった。モップスのイメージでなく、丸くなったと思う」
鈴木さんのミュージシャンとしての功績について、音楽評論家の富澤一誠氏(55)は、次のように語る。
「『月光仮面』が売れたが、コミックバンドではない、実力派ロックバンドだというプライドがあった。いろいろなことに挑戦していたのだと思う。吉田拓郎、井上陽水、忌野清志郎などにも曲を依頼し、『たどり着いたらいつも雨ふり』につながったのだと思う。彼は、日本の音楽界において、ロックのパイオニアだった。俳優やタレントとしても成功していたが、根本には常にロックがあったと思う」
★“食道楽”らしい仕事納め
所属事務所によると、鈴木さんは昨年12月末に腹痛などの体調不良を訴え、都内の病院で検査したところ、末期の肝細胞がんと判明。担当医から「余命3カ月」と宣告された。セカンド、サードオピニオンでも同様の検査結果が出たという。
鈴木さんは入院せずに家族との生活を望み、自宅療養しながら東京都千代田区の病院に通院。今月に入り体調が低下し、13日昼、診察に訪れた病院にそのまま入院した。
14日朝は、一人息子の大学生、雄大(ゆうだい)さん(20)の名前を連呼したり、呼びかけに応じたりもしていたが、午前10時2分、妻と雄大さんに看取られながら静かに息を引き取ったという。
最近では、あす16日放送のフジテレビ系ドラマ「所轄刑事3」や、5月公開のオムニバス映画「歌謡曲だよ、人生は」に出演。最後の仕事は、昨年12月20−23日で九州でロケを行ったテレビ九州の旅番組「きらり九州」。大分名物に舌鼓を打ち、“食道楽”らしい仕事納めだった。
通夜はきょう15日午後6時から、葬儀・告別式は16日午前11時半から、東京都文京区小石川3の14の6、傳通院で営まれる。喪主は雄大さん。
ZAKZAK 2007/03/15