《ヘヴィーメタルの女王として一時代を築き、ロサンゼルスを拠点に、ヨーロッパ、アジアで活躍。今、円熟の時を迎えた浜田麻里。1年4カ月ぶりに発表した22作目のオリジナルアルバム「sur lie(シュール・リー)」では、シャウトする骨太ロックが健在だが、どこか昭和を感じさせる哀愁もただよう》
「sur lie」というのはフランス語で「澱(おり)の上」を意味するワイン製法なんです。普通は取り除く澱を、そのまま沈殿させて樽で寝かせるそうです。
雑多な情報や夢、愛情、哀しみ…そんな澱の上で時間を重ねることで、人間として味わい深くなるんじゃないかなぁ、と。
ワインですか? まあまあ飲める方です。弱くなったけど、ボトル半分ぐらいは(笑)。
エンジニア、ミュージシャンとのつながりがあって、ロサンゼルスでもいくつか録ったんですが、向こうではかえって日本人としての自分を感じることがあります。私にとってのアイデンティティーは、やっぱり声なんだと思います。マイナー感だったり、ウエット感だったり。
《類い希なるハイトーンボイスで、歌手デビューする前の中学3年生のときから、CMソングを歌ってプロ活動を始めていた。リビングブック(現・ESSE)、UCカード、富久娘など、知らないうちに彼女の声を耳にしているかも》
物ごころがつく前から、「自分は将来、歌でやっていく」と、なぜか決めていて、小学校6年のとき、女優志望の友達とオーディションを受けました。そこでレコード会社の方に紹介していただいたんです。
育ったのはふつうの家庭ですよ。理髪店の娘なんですが、私が2歳か3歳のとき、店でカットするお姉さんが、美空ひばりさんの大ファンで、連れて行ってもらった記憶がうっすらあります。それが生まれて初めて行ったコンサートです。白いドレスを着てひばりさんが歌っていました。
高校に入って、バンドで、ディープパープルやハートをコピーするようになってからは、今のようなロックの唱法になりました。音域は、きっちり計ったことがないんです。出そうと思えば、限界なく歌える感じですね。
それまでの人とは違う何か、洋楽的でパワーがある歌唱法でデビューしたかった。それが今につながっています。(つづく)
■はまだ・まり シンガーソング・ライター。1962年7月18日生まれ。東京都出身。1983年アルバム「LUNATIC DOLL」でデビュー。88年NHKソウル五輪テーマソング「ハート・アンド・ソウル」が大ヒット。89年「リターン・トゥ・マイセルフ」がシングル、アルバムともオリコン1位に。
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ZAKZAK 2007/04/11