ハンドボール日本代表のエース、宮崎大輔選手(26)が写真集「ALL ABOUT宮崎大輔」(双葉社)で見事な裸体を披露した。百点満点の写真の中に、かすかに腕に残る隠しようがないタトゥーを私は見逃さない。
“タトゥー”というと、ファッショナブルに聞こえるが、要は入れ墨だ。悪徳の香りがし、“刺青”と記すと、谷崎潤一郎っぽく純文学の香りが漂う。いずれにせよ、“彫り物”に変わりなく、親から受けた身体髪膚を、意図的に傷つけたことは事実だ。
私は古風な儒教的道徳観で、「彫り物はダメだ」と言うつもりはない。しかし、今月末から、北京五輪最終予選に臨む折、ジャニーズ風の茶髪、ケツ丸出し、タトゥー、ゴマキの弟のような写真集というアイドルタレント並みのパフォーマンスは果たして必要なのか−。素朴な疑問を持つ。
刺青といえば、「知らざァ言って聞かせやしょう」の名ぜりふで知られる歌舞伎の弁天小僧である。女装の盗人、と見破られて開き直って、刺青を見せる、あの“伊達ぶり”が観客を長年喜ばせてきた。
古今東西、若者の間に彫り物が流行してきたのは、世間の良俗秩序への反抗のシンボルでもあるからだ。また、彫り物は、我が身を傷つける代償に、やり直しのきかない自分だけの異風異相でもある。
“中東の笛”の理不尽な判定もあり、ニッポン・ハンドボールの北京五輪出場の目は風前のともしびだ。宮崎は、「ままよ」と、“わんざくれ”ハンドボール傾奇(かぶき)者になった。現実の壁が強固で変革の契機も見いだせない、そんな閉塞状況にあると、人間は一種の諦めの感情が起きるものだ。
しかし、「ままよ」と自棄的な気分になると、自分が他の者に代わってしまいたい、というしたたかな戦略に宮崎は打って出た。
宮崎の彫り物の場合は、積極的に弱者たる自分を越えようとする彼の意志の表れといえないか。
土壇場の宮崎は、腕にくっきりと入れた彫り物を妙に隠したりせず、もっとあからさまにしたほうがいい!! サッカーのベッカムは背中にくっきりと入れたタトゥーを隠さず、億万長者になった。
26歳の宮崎は、現役としてはギリギリの年齢だ。五輪切符を逃すことも想定し、自らの選手としての肉体の限界を感じ、引退後の生活を肉体派タレントとして設定した。
オリンピックにアマチュアリズムは既にない。プロ・アスリートとして、1児の父親でもある宮崎は「現金なければ首取られる」という現実の前にいる。
もっと、わんざくれろ、宮崎!! もっと傾け、宮崎!! ここまで来たなら、自分の背中に不動明王の鮮やかな刺青を入れてみろ!!(出版プロデューサー)
高須基仁の“百花繚乱”独り言=http://plaza.rakuten.co.jp/takasumotoji
ZAKZAK 2008/05/15