旅行会社の空港係員、通称「あぽやん」。トラブルが日常茶飯事の職場だけに、舞台裏ではさまざまな人生模様がギッシリ。小説『あぽやん』(文芸春秋、1890円)は、実際に旅行会社で空港勤務の経験がある新野剛志さん=写真=ならではのリアリティーに満ちた作品だ。本書は第139回直木賞候補(15日発表)にもノミネート。元あぽやんにして元ホームレスという異色作家、新野さんの素顔に迫った。
−−「あぽやん」経験が作家として反響を得た
「今となっては、自分が旅行会社の空港係員であったことに思い入れがあるわけでもなく、あくまで(創作の)引き出しの一つ。それを素直にはき出した結果、多くの方が興味を持ってくれた。このことが何と言ってもうれしい」
−−初の直木賞候補になりました
「大変名誉なことだが、いまだにエラいことになったな、というのがホンネ。読者が『あぽやん』のどのあたりに興味を持ってくれたのか、逆に聞いてみたい。私はある日突然、旅行会社に出社しなくなって退職した人間なので、この作品を書くため、昔の仲間たちが協力してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです」
−−遁走ですか
「辞めたいという気持ちを隠しながら、仕事を続けるのが耐えられなくなって。絶対に作家になる、という目標だけで、自分の中で勝手に折り合いをつけてしまったのです。突然、今すぐ辞めると決断したサラリーマンはそう多くないでしょう(笑)」
−−その後ホームレスに
「ホームレスになっていたのは2年半ほど。自分を追い込むために必要な時間でした。日中は千代田線、夜はカプセルホテルやマンガ喫茶へ。ずっと小説の構想を練り続けていた」
−−修験者のようですね
「やっと、ありのままの自分を受け入れる時間が持てた喜びが大きく、悲観的な時間ではなかった」
−−そのときの作品が乱歩賞に
「賞を取って、ようやく結婚ができました。妻も元あぽやんで、ホームレス時代は文通オンリー。本当によく待ってくれた」
−−ホームレス時代を原点に、今後は何を書く
「書き続けても僕は何も変わらないだろうし、これからも自分自身が面白いと思ったことを書いていくだけ。テーマやジャンルには何一つ縛られないし、あくまで自然体で書いていく」
−−あぽやん秘話は、まだまだありそうだが
「来年には第2弾の連載が決まっている。旅行を生業とする人間が、国内最後の砦として、お客さまに相対する真剣勝負の場。その汗と涙。女性が9割を占める職場の気苦労。理解し合えぬ本社の人間との軋轢は、今度も読者に響くと思う」
【物語】 大手旅行会社勤務の主人公は、エアポートを略してAPOと呼ぶことから「あぽやん」と揶揄される空港係員へ。左遷で潰されたプライド、現場で客を笑顔で送り出す誇り。女性スタッフたちとの複雑な人間関係にもまれながら成長していく姿を描く
■しんの・たけし 1965年東京都生まれ。立教大社会学部卒。6年間旅行会社勤務の後ホームレス生活。99年『八月のマルクス』で江戸川乱歩賞。旅行会社経験をつづった『あぽやん』が今年、第139回直木賞候補にノミネート。
ZAKZAK 2008/07/04