作家の三田完さんが小説『当マイクロフォン』(角川書店、1785円)を書き下ろした。本書は時代劇「鬼平犯科帳」などのナレーターも務めた、NHKの伝説のアナウンサー、中西龍(りょう)の伝記だ。不幸な生い立ちから女と酒におぼれ、詩をこよなく愛した中西龍。聞き手の心を温かく包む“語りの美学”は無頼の人生から生まれたという。
−−NHKにいた三田さんの大先輩、中西さんにいつから興味を
「1978年、私の初任地の新潟であの語りに触れ、いきなり打ちのめされた。こんなにも言葉の一つひとつが心に染みるアナウンサーがNHKにいたんだ、とね」
−−語りの中に「詩」があった
「独特の抑揚で語る、すこし太く、強く、温かな声。生きることの寂しさを詩で唱い、言葉で語る。それが直に伝わってきた」
−−その語りは無頼な人生から生まれたとか
「龍さんの新人時代を知る人から、新橋の枕芸者を連れて初任地の熊本に赴任したことを聞いた。最初からNHK離れした新人だった。これには驚いた」
−−その後も破天荒
「鹿児島で口のきけない女郎に入れあげ、上司のすすめる見合い相手の処女を強引に奪いながらも破談にした。旭川へ異動後、バーの女と同時進行で劇団女性と結婚。その後も妻を殴り、酒場で絡み、女性ファンを食い物にした」
−−それでも熱狂的なファンがいた
「龍さんの寂しさや哀しみがプロの語りの中にきちんと昇華され、聞き手に十分伝わったからだと思う」
−−その寂しさはどこから
「龍さんが書いた半生記には、少年時代に継母にイジメられた記憶ばかり書かれている。それを読んで、私は、哀しみの憐情が深まるほど女性を愛し、傷つけてきた理由が分かった。その連鎖を浄化するには、生きることの寂しさを詩で唱い、言葉で語るしかなかったのだと思う」
−−本書で描かれたNHKの暗部も興味深い
「制作費を横領した紅白歌合戦のプロデューサー。毎晩のように超高級ホテルに泊まり、女性をはべらせ、NHKの未来を語っていた幹部たち。そんなNHKにあって、龍さんは私情を挟んだ組織の話は一切しなかった」
−−語りだけが我人生
「幼少時代の経験から、龍さんは、どれだけの女性と肌を重ねても決して心は満たされなかった。だから、その満たされない愛を語りと詩にぶつけ続けた。『当マイクロフォン』という“静かなる1人称”で聞き手に寄り添い、ときに涙した。それが語りの美学となった。生き様は決して褒められないが、最後まで語りの名人であり、詩人であり続けた龍さんの意義はそこにある」
■物語 NHKラジオ「にっぽんのメロディー」で長年司会を務めた伝説のアナウンサー、中西龍の詩情に満ち波乱にとんだ人生を描く。タイトル「当マイクロフォン」は、番組内で自身の呼称として使った1人称。
■みた・かん 1956年埼玉県生まれ。慶大文学部卒、NHK入局。「紅白歌合戦」などの歌謡番組プロデューサーをつとめ、92年退職。現在、大手番組制作会社に所属。2000年『櫻川イワンの恋』でオール読物新人賞受賞、07年『俳句三麗花』で直木賞候補に。ほかに『乾杯屋』など。
ZAKZAK 2008/07/25