 祭壇には穏やかな表情の遺影が掲げられた=東京・中野の宝仙寺(代表撮影、クリックで拡大) |
肺炎のため2日に72歳で亡くなった漫画家、赤塚不二夫さん。7日には、東京・中野の宝仙寺で告別式が営まれ、赤塚さんを恩人と慕うタレント、タモリ(62)が弔辞を読む。数々の愛すべきキャラクターを生んだ天才は、自身も人なつっこく、優しい性格で愛される人だった。
宝仙寺で前日の6日に営まれた通夜には、タモリをはじめ、関係者やファンら計約1200人が赤塚さんとの別れを惜しんだ。漫画界から芸能界にまで及ぶ参列者の多彩な顔ぶれは、赤塚さんの人望の厚さを物語っていた。
漫画家を志す若者が集まった伝説のアパート「トキワ荘」でともに青春時代を過ごした葬儀委員長、藤子不二雄(A)氏(74)は、赤塚さんの人柄をこう偲んだ。
 タモリ、山本晋也監督、藤子不二雄(A)氏らが弔問に駆けつけた(クリックで拡大) |
「昔から後輩の面倒見がよくて、タモリが転がりこんできたときは、自分のすごいベンツをタモリが運転して、自分はタクシーに乗っていた」
赤塚さんを「肉親以上」と尊敬するタモリのように「僕を表舞台に引き出してくれた。誰よりも大切な方」と感謝して号泣したのは、公私にわたり親しかった映画監督の山本晋也氏(69)だ。
赤塚さんが生前、「やらせろ!」という口説き文句をよく使っていた話を暴露しながら、「先生が言うと下品ではなかった」と懐かしそうに振り返った。
山本氏によると、赤塚さんは前妻の江守登茂子さんが7月30日に68歳で亡くなったとき、酸素吸入器を何度も外そうとしたという。
「『もういいよ、登茂子の所に行くよ』ということだったのだろうか。そう考えると一睡もできなくなった」と肩を落とした。
 藤子不二雄A(クリックで拡大) |
登茂子さんは、赤塚さんのアルコール依存症を治すため、後妻の眞知子さん=06年7月にくも膜下出血で56歳で死去=と再婚させた。赤塚さんは登茂子さんを「元にょう」(元女房)、眞知子さんを「今にょう」(今女房)と呼び、仲良くしていた。
赤塚さんが入門していた40年来の友人の落語家、立川談志(72)は「3人一緒にヤッてたんじゃねえか?」と一流のブラックジョークを飛ばしながら、「高座名は『不二身(ふじみ)』と付けたんだけどねえ。おれの方が死ぬのは早いと思っていた…」と声を詰まらせた。
斎場には、悲しみを紛らわせるかのように、赤塚さんの代表作「天才バカボン」「ひみつのアッコちゃん」のアニメソングが繰り返し流された。
 山本晋也監督(クリックで拡大) |
祭壇の遺影は、長女で喪主の、りえ子さん(43)が「穏やかで優しいイメージ」と選んだ、はにかんだような笑顔。その周りには、ニャロメ、イヤミ、バカボン父子といった人気キャラクターが飾られた。
棺の中には、生前かわいがっていた猫「菊千代」と撮った写真、アイデア帳に使っていた200字詰め原稿用紙、鉛筆、漫画「天才バカボン THE BEST」などが納められた。
法名は、赤塚さんの名前の文字と漫画の「漫」などを組み合わせ、「不二院釋漫雄」に決まった。
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ZAKZAK 2008/08/07